岡正雄の「古日本の文化層」で思ったいくつかのこと

今年7月に開館した国のアイヌ文化復興拠点である民族共生象徴空間(ウポポイ)と拠点で働くアイヌ民族の職員に対するインターネット上での批判を看過すべきでないという点については、昨日の本欄で検討した通りです[1]。

その際に問題となる話題の一つは、日本における民族や文化の単一性ないし同質性の問題でしょう。

日本の民族的、文化的な多層性という点で思い出されるのが、民族学者の岡正雄が1933年にウィーン大学に提出した博士論文Kulturschichten in Alt-Japan(古日本の文化層)です。

本書において、岡は日本文化はいくつかの異なった文化複合からなる、多元的起源を持つ文化であるとしています。

また、アイヌについては、第1章の中でハインリヒ・フォン・シーボルトやエドワード・モースから坪井正五郎に至る研究史の概観という形でまとめられているものの、日本文化の北方との関係についてさらなる研究を提起する最終ページの数行を除いては、論文全体の中でほとんど言及されていません。

しかし、岡はその後もアイヌ研究を行い、1952年にはウィーンでの第4回国際人類学民族学会議でアイヌの親族の仕組みについて発表を行っています[2]。

岡の一連の取り組みは重要な意義を持つものの、民族学や文化人類学の枠を超えて広く知られているとは言えない状況です。

こうした状況が起きた理由の一つしては岡の主著であるKulturschichten in Alt-Japanのドイツ語の原文がが2012年に上下2巻本として刊行されているものの、現在まで日本語版が刊行されていないことが挙げられるでしょう。

1500頁に及ぶ大著だけに容易に日本語に翻訳し、出版することは出来ないものの、いずれ読者の便に供され、日本の民族と文化の多層性に関する議論の一層の発展に寄与することが願われるところです。

[1]鈴村裕輔, 「ウポポイ批判」は何故見過ごされてはならないのか. 2020年9月4日, https://researchmap.jp/blogs/blog_entries/view/76353/3c7f55c283c616c51c8e368d992620e9?frame_id=435622 (2020年9月5日閲覧).
[2]Oka Masao, Das Verwandtschaftssytem der Ainu. In: Actes du IVe Congrès International des Sciences Anthropologiques et Ethnologiques: Vienne 1-8 Sept. 1952. Wien: Adolf Neuhausens, vol. 2, pp. 207-210.

<Executive Summary>
Oka Masao Shows Multiplicity of Ethnicity and Culture in Japan (Yusuke Suzumura)

Oka Masao, an anthropologist, submitted his doctoral thesis Kulturschichten in Alt-Japan to the University of Vienna in 1933. It shows multiplicity of ethnicity and culture in Japan and it is remarkable for us to examine these problems.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?