【追悼文】外山雄三さんについて思い出すいくつかのこと
去る7月11日(火)、音楽家の外山雄三さんが逝去されました。享年92歳でした。
NHK交響楽団正指揮者をはじめ、国内の多くの楽団で重要な役職を歴任し、各団の実力の向上に大きく貢献した指揮者として、また交響曲第1番「帰国」やヴァイオリン協奏曲をはじめとする様々な管弦楽曲や器楽曲を作曲家として、日本を代表する存在でした。
また、NHK FMの『FMシンフォニー・コンサート』や『ブラボー!オーケストラ』では、前者の山本直純さんの愉快で軽やかな進行や後者における吉松隆さんの微笑みを湛えた司会に対し、作品の特徴と演奏の魅力に直接迫ろうとする謹直な話し方が印象的で、そのお人柄をしのばせるものでした。
ところで、外山さんというと思い出されるのが、1958年に指揮研究員として入団したNHK交響楽団から派遣されてオーストリアに留学した際、当時の副理事長の有馬大五郎氏から日本の民謡集を渡され、後に1960年のNHK響の世界一周演奏旅行のための作品を作るよう指示された話です
細野達也さんの『ブラボ!あの頃のN響』(三省堂教育出版、1996年)が描くように、このときに作られたのが、外山さんの代表作であるばかりでなく、戦後の日本の交響管弦楽作品を象徴する1曲でもある『管弦楽のためのラプソディ』です。
各地での公演の中で、演奏者が譜面を見失い、あやうく演奏が止まりかけたときに岩城宏之さんが機転を利かせて頭に手を置き「曲の冒頭から演奏する」と合図を送った出来事や、外山さんと岩城さんが英国での公演の際、会場に来ていたオットー・クレンペラーと楽屋で対面し、来日してNHK響を指揮する約束を取り付けたものの、高齢を理由に家族が反対して沙汰止みになった話などは、戦後の日本の交響管弦楽界の発展の歴史の貴重な一こまとして、印象深く思い出されます。
さらに、『管弦楽のためのラプソディ』については、初演に向けて練習する中で曲がやや長く冗長気味に思われたため、岩城さんが外山さんに提案して「おてもやん」の箇所が割愛されて現在の構成になった逸話も、偉大な作品が作り上げられる過程を描き出すとともに、外山さんと岩城さんが長らくNHK響を支えた指揮者であったことを象徴的に示しています。
指揮や作曲だけでなく、教育や放送の分野でも60年以上にわたって第一線で活躍し続けた外山雄三さんのご冥福をお祈り申し上げます。
<Executive Summary>
Miscellaneous Memories of Professor Yuzo Toyama (Yusuke Suzumura)
Professor Yuzo Toyama, the Permanent Conductor of the NHK Symphony Orchestra and a Otaka Prize winning composer, had passed away at the age of 92 on 11th July 2023. On this occasion, I remember miscellaneous episodes of Professor Toyama.
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