「2020年の印象的な新刊書5冊」を振り返る

今さらながらではあるものの、私が読んだ2020年の新刊書の中で、特に印象的な5冊は次の通りでした。

君塚直隆『エリザベス女王』(中央公論新社)
岩井秀一郎『渡辺錠太郎伝』(小学館)
横田祐美子『脱ぎ去りの思考』(人文書院)
小山俊樹『五・一五事件』(中央公論新社)
岩野美代治『三木武夫秘書備忘録』(吉田書店)
(以上、発行順、敬称略)

上記の5冊については、本欄で「書評」として紹介したものもあり、今後取り上げるものもありますが、寸評は以下の通りとなります。

君塚直隆先生の『エリザベス女王』は入念な研究の成果が達意の文章によって力強く読者に訴えかけるとともに、対象への深い愛情が印象的な一冊です。君塚先生が昨年上梓された『悪党たちの大英帝国』(新潮社)とともに、学ぶところの多い好著です。

岩井秀一郎先生の『渡辺錠太郎伝』は、「二・二六事件の犠牲者」、「学者将軍」といった一般的な理解を超えて、渉猟された史料とこれまでの研究の批判的検討に基づき、渡辺錠太郎の人となりが実証的に描かれており、新たな渡辺錠太郎像の確立に寄与する重要な一冊です。岩井先生は『多田駿伝』(小学館、2017年)、『永田鉄山と昭和陸軍』(祥伝社、2019年)、『一九四四年の東條英機』(祥伝社、2020年)と昭和期の陸軍に焦点を当てた力作を刊行されており、今後の一層のご活躍が期待されます。

横田祐美子先生の『脱ぎ去りの思考』(人文書院)は、ジョルジュ・バタイユが唱えた「非‐知」の考えを、「知の否定」ではなく「概念のヴェールを絶えず脱ぎ去る」積極的な独自の哲学であったことを論証します。本書は、ページをめくるたびに残されたページ数が少なることが惜しまれる良書でした。

小山俊樹先生の『五・一五事件』(中央公論新社)は、当時の社会情勢、軍政官の様子などの分析を通して、五・一五事件が「なぜ起きたのか」だけでなく「なぜ起きなければならなかったのか」を検討するとともに、五・十五事件の首謀者たちのその後までを丹念に描き出した、迫力に満ちた一冊です。昨年のサントリー学芸賞を受賞されたのも当然と、大いに頷けるところです。

岩野美代治先生の『三木武夫秘書備忘録』(吉田書店)は、三木武夫の公設第一秘書などを歴任した著者の1976年から1986年までの日記やメモなどを翻刻した一冊で、金策への苦労や金権選挙を余儀なくされる様子を通して、首相末期から無派閥となった後の「クリーン三木」の実相の一端を明らかにします。特に賢夫人と思っていた三木睦子がしばしば三木武夫の取り組みに容喙し、しかも三木の行動の妨げとなるに様子は、大変に印象的でした。

もちろん、今回ご紹介した以外の書籍についても、昨年私が手にした書物はいずれも興味深い内容ばかりでした。

2020年もよい書物と巡り会えたことに感謝るとともに、2021年もよりよい本との出会いを楽しみするところです。

<Executive Summary>
My Best Five Books of 2020 (Yusuke Suzumura)

I selected my best five book of 2020. In this occasion I show the list of these books.

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