【書評】永井晋『鎌倉幕府の転換点』(吉川弘文館、2019年)

2019年9月1日、永井晋先生の著書『鎌倉幕府の転換点』(吉川弘文館、2019年)が刊行されました。

本書は永井先生の『鎌倉幕府の転換点』(日本放送出版協会、2000年)を吉川弘文館の「読みなおす日本史」の一冊として再刊されたもので、新たに「補論」として「キャスティングボードとしての権門寺院」が追加されています。

「『吾妻鏡』を読みなおす」という副題の通り、本書が扱うのは、『吾妻鏡』の範囲となっている、以仁王による平家打倒の挙兵の計画が始まった治承4(1180)年4月から鎌倉幕府の第6代将軍の宗尊親王の京都への送還が行われた文永3(1266)年までの鎌倉幕府の歴史です。

その中から、有力豪族に担ぎ上げられた神輿としての将軍が権力の中心となり、やがて「祭祀王」へと移行する過程が、歴代の将軍や北条氏一門、さらに千葉氏や三浦氏、比企氏、さらに大江氏などの大小の豪族や文武官僚の姿を通して分析されます。

この時に用いられるのは、『吾妻鏡』の丁寧な読解だけではなく、心理学や政治学、社会学、あるいは民俗学の知見です。

さらに、慈円の『愚管抄』や藤原定家の『明月記』など、同時代の史論書や日記、あるいは寺社の記録を参照することで、比企氏の乱や第3代将軍源実朝の暗殺、あるいは承久の乱といった鎌倉幕府における大事件について、『吾妻鏡』が残そうとした記録と書かなかった、あるいは書けなかった逸話や見解をつぶさに検討します。

こうして描き出されるのは、北条氏の代替わりごとに繰り広げられる権力闘争のあり方や鎌倉幕府における武士の存在の変質、あるいは将軍家と御家人の関係の曲折であり、『吾妻鏡』を手掛かりに、聖性を高める将軍家と、世俗の権力を高めて肥大化を加速させる北条氏の協調と対立の姿が描き出されています。

『吾妻鏡』などの原典が現代語訳を基本としていることや、これまでの研究の検討が概観的になされていること、各章の参考文献が挙げられてはいるものの註が付されていないことなどは、永井先生の研究の成果を踏まえつつも、本書が純然たる研究書ではなく一般書として上梓されていることをわれわれに伝えます。

従って、本書を学術書と考えるなら、その期待は裏切られることになるかも知れません。

しかし、資料を徹底して読み込みながら、可能な限り専門用語を用いず、平易な表現によって、個別の出来事や法、制度のあり方の背後にある一人ひとりの人間の姿を描き出す『鎌倉幕府の転換点』は、初学者にとっても、研究者にとっても得るところの多い一冊と言えるでしょう。

<Executive Summary>
Book Review: Susumu Nagai's "The Turning Point of The Kamakura Shogunate" (Yusuke Suzumura)

Dr. Susumu Nagai published a book titled The Turning Point of The Kamakura Shogunate from Yoshikawa Kobunkan on 1st September 2019.

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