『クラシックの迷宮』の特集「日本 1944」が描き出す帝国の黄昏

去る8月10(土)に放送されたNHK FMの『クラシックの迷宮』は特集「日本 1944」でした。

今回は、「80年前の1944年、戦争末期の日本の姿に思いを馳せる」という趣旨により、太平洋戦争が末期を迎えていた1944(昭和19)年の日本の世相を反映した作品や、劣勢の中でも最後の勝利を目指した、あるいは目指すことを余儀なくされた人々の姿を投影した音楽が取り上げられました。

最初に紹介されたのが吉田テフ子の作詞、佐々木すぐるの作曲による『お山の杉の子』(歌唱:安西愛子、加賀美一郎、寿永恵美子)であったのは、まさに当時の日本の置かれた状況を象徴的に描き出す選曲でした。

すなわち、1937年に始まる日中戦争や1941年12月8日以来の太平洋戦争によって軍需物資として大量の木材が徴発されるとともに米軍による空襲を受けた木造住宅の損失のために木材への需要は高まる一方でした。

そうした中で、早く育つ杉を植林したことは、一面において戦中の物資不足を象徴するとともに、他面で現在に至るスギ花粉問題の淵源となっており、戦中と戦後の連続性を強調するものでもあります。

また、日本一国で米英中と戦争するため、物資だけでなく人も増やすことも重要な課題となりました。

司会の片山杜秀先生が「現在の少子高齢化の反対の多子若齢化とでもいうべき」という前置きとともに紹介した美ち奴と有島通男による『子宝ぶし』(作詞:村松秀一、作曲:陸奥明、編曲:長津義司)も、多産の奨励という役割を持った、時代の雰囲気を濃厚に留める一曲です。

一方で、1944年8月23日の学徒勤労令・女子挺身勤労令公布によって、各戦線での兵力不足を補うために学徒兵の動員が始まりました。

いわゆる学徒動員により多くの学生が各地の戦線で没する中で、音楽を専門とする学生も犠牲となったことは周知の通りです。

「日本 1944」では東京音楽学校の作曲家の学生であり、1945年に23歳でフィリピンのルソン島で戦死する草川宏の歌曲『黄昏』が選ばれたのは、前途有為な作曲家であった草川の活動を現在に伝えるとともに、戦没学生の音楽作品の収集と紹介に尽力する片山先生ならではの取り組みと言えるでしょう。

この他、伊福部昭の『兵士の序楽』や山田耕筰の『サイパン殉国の歌』、あるいは古関裕而の『突撃喇叭鳴り渡る』のように、軍からの依頼で管弦楽曲や軍国歌謡の作品を手掛けたことを通して、総力戦のあり方が単に前線と銃後を不可分にしただけでなく、あらゆる要素が戦争の遂行のために動員されたことを聴取者に対して説得的に語り掛けるのでした。

それとともに、戦時下であってもあらゆる創作活動が制約を受けていたのではないことを山田一雄の『おほむたから』と諸井三郎の交響曲第3番から検討するのも、この番組の視野の広さの表れでした。

とりわけ『おほむたから』については山田一雄がマーラーの交響曲第5番第1楽章の葬送行進曲を下敷きに、一見すると仏教声明に特有の旋律を作品の冒頭に置くことで葬送行進曲風の旋律にかけ合わせつつ、実際には仏教の声明の旋律を組み合わせ、日本人、あるいは自分の心を葬送するかのように音楽を作ったという点から、制約と創造の間のせめぎ合いと創作活動の可能性が示されたのでした。

このように、1944年という1年を取り上げて、音楽と世相のかかわりと来るべき破滅へと緩やかに進む最後の日々を描き出した今回の『クラシックの迷宮』は、「終戦の日」を間近に控えた日にふさわしい内容であったと言えるでしょう。

<Executive Summary>
The Featured Programme of the "Labyrinth of Classical Music" Describes the Last Days of the Empire of Japan during the Pacific War Period (Yusuke Suzumura)

The NHK FM's programme "Labyrinth of Classical Music" featured gamelan named "Nippon 1944" on 10th August 2024. It was a remarkable opportunity for us to understand the last days of the Empire of Japan during the Pacific War Period focusing on music of the year 1944.

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