【追悼文】仲本工事さんについて思い出すいくつかのこと

昨日、ザ・ドリフターズの一員の仲本工事さんが逝去しました。享年81歳でした。

ザ・ドリフターズとしての音楽活動のほか、『8時だョ!全員集合』をはじめとする数々のテレビ番組に出演するとともに、俳優としても活躍した仲本さんの事績は広く知られるところです。

私が初めて仲本さんのことを知ったのは1981年の競馬のノミ行為により書類送検されたときで、テレビのニュース番組で志村けんさんとともに空色の背景に白黒の顔写真が掲示された場面を見た際、幼稚園年中組であった私はひらがなの「けん」のみ読めたため、「けん」という人と「なかもとこうじ」と呼ばれる人が何か悪いことをしたのだと思ったものでした。

『8時だョ!全員集合』や『ドリフ大爆笑』といった番組はなかなか視聴する機会がなく、ほとんど夏休みに母の実家に帰省する際に鑑賞するばかりであったものの、体操選手に扮し、両手を高く掲げて勢いよく画面を横切る仲本工事さんを不思議に眺めたものです。

そのような仲本さんが身近に思われるようになったのは、1992年4月に私が東京都立青山高等学校に入学してからのことでした。

すなわち、授業を受けている際、ある先生が余談として青山高校の卒業生で芸能界で活躍する人たちの名前を挙げ、その中で「ドリフの仲本工事、あれは青高の卒業生で、お前たちの先輩だ」と紹介されたのでした。

この先生は「仲本工事は青高の時は体操部、卒業生後は学習院大に進学して、そこから芸能界に入った」と仲本工事さんの略歴を話したので、当時から「仲本工事といえば体操」という印象は一般的だったのでしょう。

ただ、それまでテレビで見るだけであった仲本工事さんが先輩とは知らず、しかも体操部に在籍していたという逸話は知らなかったため、かつて抱いた「どうして体操選手に扮しているのか」という疑問が氷解したことを含め、私にとっては大変新鮮な内容でした。

そして、これ以降はより親しみをもって仲本工事さんの活動に注目するようになりました。

もちろん、体操選手の扮装はコントの演出の関係であったであろうものの、青山高校時代の思い出が何らかの形で反映していたのではと考えれば、一人の卒業生として大変に嬉しいものです。

残念ながら今や仲本さんに青山高校時代の思い出を直接うかがう機会は失われてしまったものの、多くの人から親しまれたその姿は、これからも様々な形で後世に伝えられることでしょう。

改めて仲本工事さんのご冥福をお祈り申し上げます。

<Executive Summary>
Miscellaneous Memories of Mr. Koji Nakamoto (Yusuke Suzumura)

Mr. Koji Nakamoto, a comedian, musician and actor, had passed away at the age of 81 on 19th October 2022. In this occasion I remember miscellaneous memories of Mr. Nakamoto.

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