『クラシックの迷宮』の特集「夏のガムラン祭」が示した歴史と音楽の融合とガムランの可能性
本日放送されたNHK FMの番組『クラシックの迷宮』は「夏のガムラン祭」と題し、ガムランが効果的に用いられている作品やガムランの音色に着想を得た作品などが特集されました。
『クラシックの迷宮』における季節を冠した「祭」という題名での特集といえば、2022年4月2日に放送された「春の“超人”音楽祭」があります。
このときは、19世紀末にニーチェが『ツァラトゥストラはこう語った』の中で示した「超人思想」を手掛かりに、19世紀末から20世紀初頭の音楽と思想との関わりを検討するという第一の視点と、「超人は神になりきれないから敗れるが、再び立ち上がる点に『超人幻想』がある」という第二の視点に基づき、マーラー、リヒャルト・シュトラウス、リスト、宮内國郎、冬木透、ジョン・ウィリアムズ、マイケル・ドハティの作品を考えるという、実質的な2部構成が採用されていました。
春いう季節と超人の思想とは直接のかかわり合いはないとしても第二の視点に示された「立ち上がる」という動きが生命の蠢動の季節である春を連想させるという点で、この番組らしい季節の設定であったものです。
一方、今回は、ガムランは常夏の国とも称されるインドネシアの民族楽器であるだけに、夏という設定は直接的なものでした。
また、最初に取り上げたのが坂本龍一の手掛けた映画音楽『戦場のメリー・クリスマス』の「バタヴィア」であった点は、ガムランを用いた音楽として広く知られていたからというだけではなく、太平洋戦争の戦線の拡大によって日本が蘭印と称されたインドネシアを含む地域を手中に収めたことを音楽を通してわれわれに思い起こさせる、教育的な側面を持つものでした。
実際、『戦場のメリー・クリスマス』から始まり、灰田勝彦の歌う『バタビヤの夜は更けて』と灰田と大谷洌子による『ジャワのマンゴ売り』という、日本がインドネシアを占領した1942年に発売された流行歌が配置されることで、音楽を通した歴史への洞察は一層深まりを見せました。
さらに、パウィヤタン・クラトン・スロカルトによるガムラン合奏『ブルモロ』は、儀礼に先立ち、場を清め、邪気を払うために演奏される「グンデン・ボナン」という様式の作品であり、様々な鍵盤打楽器や銅鑼、弦楽器からなるガムランの粋を集めた作品の一つです。
これに対し、1889年のパリ万国博覧会でガムランの実演を聞いてその演奏に魅了され、東洋的な音階と響きを特徴とする作品を手掛けたドビュッシーのピアノ曲『パゴダ』が取り上げられ、番組は第2部に入ります。
ガムランの演奏は、同じ楽器を用いる場合でも音程が少しずつずらされるため、独特の音のうねりが生まれます。そして、音階は1オクターブを不均等に7分した「ペロッ」と、ほぼ均等に5分した「スレンドロ」の2種類があり、伝統的な作品の場合は、いずれか一方が用いられます。また、指揮者は置かず、互いに音を聞き合いながら音楽を作ります。
こうした特長がドビュッシーに西洋以外の音楽の存在を強く印象付け、『パゴダ』などの作品を生み出し、ドビュッシーが理解したガムランを通してゴドフスキーやプーランクがそれぞれの音楽を作る様子を実際の作品に即して確認します。
さらに、伊福部昭の『フィリピンに贈る祝典序曲』(1944年)や深井史郎の『ジャワの唄声』(1942年)など、戦中の交響管弦楽作品の中に現れたガムランが紹介されると、最後の第3部として、現代の作品におけるガムランの扱われ方が、コリン・マクフィー、西村朗、坂本龍一、さらには沖縄民謡『安里屋ゆんた』などを通して検討されます。
第3部では、ガムランが現代の作曲家の作品の可能性を広げるだけでなく、『安里屋ゆんた』において大工哲弘と大工苗子の歌唱にスカル・トゥンジェンのガムラン合奏が合わさることで、ガムランそのものも異なる音楽との融合を可能にする柔軟性を持つことが示されました。
ガムランとを通して一方で日本の歴史を辿り、他方で西洋の音楽に与えた影響を検証し、両者を合一する形で現代の作曲家とガムランのかかわりとガムランそのものの秘める多様な可能性を明らかにしたことは、『クラシックの迷宮』ならではの成果であるとともに、あらためて司会の片山杜秀先生の知見の広さを示したのです。
<Executive Summary>
The Featured Programme of the "Labyrinth of Classical Music" Shows the Possibilities of Gamelan (Yusuke Suzumura)
The NHK FM's programme "Labyrinth of Classical Music" featured gamelan named "The Gamelan Festival in Summer" on 3rd August 2024. It was a remarkable opportunity for us to understand fusion of history and music through and possibilities of gamelan.
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