ピッチクロック導入の背景

去る4月10日(月)、日刊ゲンダイの2023年4月11日号27面に連載「メジャーリーグ通信」の第136回「ピッチクロック導入の背景」が掲載されました[1]。

今回は、大リーグが今季から導入したピッチクロックについて、試合時間の短縮がなぜ要請されるかという側面から現在の球界を取り巻く問題を検討しています。

本文を一部加筆、修正した内容をご紹介しますので、ぜひご覧ください


ピッチクロック導入の背景
鈴村裕輔

2015年1月にコミッショナーに就任した時から広く知られていたのは、ロブ・マンフレッドが野球の試合時間の短縮の必要性を訴える時短主義者であるということだった。

現在、大リーグでは2017年からの申告敬遠制度の実施をはじめ、ワンポイントリリーフの禁止(2020年)、延長戦でのタイブレークの導入(2020年)と、試合時間の短縮を目的とする措置が実施されている。

今季も内野守備での極端なシフトの禁止、ベースの大型化、そしてピッチクロックと、新たな取り組みが始まった。

一連の施策を見るだけでも、マンフレッドの大リーグの現状への危機感の強さが分かる。

2012年に公式戦の平均試合時間が12年ぶりに3時間台になると、それ以降は2時間台に戻ることはなく現在に至っている。

大リーグにとって重要な収入源の一つがテレビ放映権料である。

平均視聴率は二桁が当たり前であった1980年代までの状況とは異なり、現在の大リーグでは公式戦のテレビ視聴率は一桁となっている。それでも、確実に視聴率を確保できる大リーグの試合は、依然としてテレビ局にとって欠かすことのできない素材である。

だが、スマートフォンで場所を問わず動画を視聴し、見たい場面だけ見るのが当たり前となった現在、3時間以上にわたって視聴者を試合の中継に引き付けるのは容易ではない。

公式戦はもとよりオールスター戦やワールド・シリーズでも視聴率が振るわない理由の一つに、長すぎる試合時間に視聴者が堪えられなくなっていることが挙げられる。

しかも3時間を超える試合時間のうち、実際にプレーが行われている時間は20分に満たない。

そうなると、投手が投げるたびに打者や守備陣の様子を映し出したり、前の投球を振り返る映像を流すことになり、視聴者は2時間50分近くにわたって試合の進行とは直接関係のない映像を見ることになる。

これでは、限られた時間を最大限活用しようとする視聴者、特に1990年代後半から2010年までに生まれたいわゆるZ世代を繋ぎとめるのは困難だ。

現在は高額の放映権料を支払っているテレビ局側も、これからの米国社会の中核となるZ世代から敬遠される大リーグの公式戦を放送する積極的な目的を見出しにくくなる。

このままでは、今後新たな契約を締結する際には、期間の短縮や契約金額の減額など、球界の基礎を脅かすことになりかねない。

放映権料の減額は球界の収益を直撃する。それだけに、ピッチクロックの導入などは、飽きられない野球を実現するためにも不可欠の方法となる。

選手たちの当惑とは別に、マンフレッドが推進する時短策は、球界のこれからを考える上で決して無謀な判断ではないのである。


[1]鈴村裕輔, ピッチクロック導入の背景. 日刊ゲンダイ, 2023年4月11日号27面.

<Executive Summary>
Pitch Clock Is the Unavoidable Policy for the MLB (Yusuke Suzumura)

My article titled "Pitch Clock Is the Unavoidable Policy for the MLB" was run at The Nikkan Gendai on 10th April 2023. Today I introduce the article to the readers of this weblog.

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