ウラディミール・バレンティン選手の「日本球界からの引退表明」に寄せて

本日、福岡ソフトバンクホークスに所属していたウラディミール・バレンティン選手が日本球界からの引退を表明しました[1]。

東京ヤクルトスワローズとホークスに合計11年間在籍し、2013年には日本プロ野球の新記録となる年間60本塁打を達成するなど、バレンティン選手は日本の野球史に残る偉大な選手の一人です。

ところで、バレンティン選手が従来の日本記録であった年間55本塁打を更新したのは2013年9月15日のことでした。

その際、本欄ではバレンティン選手の記録更新の持つ野球史的な意味と、2013年になって記録の更新が実現した理由を検討しました[2],[3]。

そこで、今回はバレンティン選手の偉業を讃える意味も含め、以下に旧稿を再掲します。


バレンティンの本塁打記録更新が持つ意味
鈴村裕輔

9月15日(日)に神宮球場で行われた東京ヤクルトスワローズと阪神タイガースの試合で、スワローズのウラディミール・バレンティン選手が従来の日本プロ野球記録である年間55本塁打いを更新する年間56号本塁打を放ちました。

1964年に王貞治氏が記録して以来、ランディ・バース選手(54本塁打、1985年)や落合博満(52本、1986年)が挑戦し、タフィ・ローズ選手(2001年)、アレックス・カブレラ選手(2002年)が並んだものの、48年間にわたって維持されてきた「王貞治の55本塁打」を超える記録が樹立されたことは、日本のプロ野球界を一層発展させる契機となるでしょう。

すなわち、ある記録が不可侵と見なされ神聖視される理由は、一面において、達成することが難しい、あるいは達成された記録を更新する挑戦が失敗し続けているといった、記録そのものが有する価値に求められるかも知れません。

その一方で、記録を達成した者と利害関係を有する第三者が、記録の更新を阻むために意図的に記録の価値を高めようとするのは、1927年にベーブ・ルースが記録した年間60本塁打がロジャー・マリスによって更新されそうになった1961年、ルースの親友で自伝の実際の著者でもあったコミッショナーのフォード・フリックが試合数の違いを理由にマリスの61本塁打を参考記録扱いにした大リーグの事例<1>が象徴する通りです。

日本プロ野球の場合、「年間55本塁打」が特別な価値を持つとされ、新記録への挑戦が阻まれ続けた理由は様々であり、日本球界の閉鎖的な性質と結論付けることができないのはルースとマリスの例を見れば明らかです。

また、バースやローズ、あるいはカブレラといった選手に対して行われた過度なまでの敬遠などがバレンティン選手に対してなされなかったのは、現在のプロ野球が過去に比べて開明的になったからばかりではなく、バレンティン選手が20試合近くを残して55本塁打を記録した以上、残りの試合の全てで敬遠を行うことが現実的でないという事実にもよるでしょう。

しかし、新記録が達成されたからといって王、ローズ、カブレラの3選手が残した「年間55本塁打」の価値が減るわけではありません。

確かに、記録というものは、ただそれだけを眺めていたのでは、単なる抜け殻でしかなく、そこでは生の躍動は影を潜めてしまうでしょう。

しかしながら、それらの記録の創造者に目を向けるとき、必ずや人は表面上の記録を超えた何かを捉えることになります。そして、人々の捉える何かが大きな記録であればあるほど、たとえそれが塗り替えられたとしても、長く記憶に留まること<2>は、年間本塁打記録を更新されたルースやマリス、連続試合出場の新記録が作られた後のルー・ゲーリッグなどへの人々の評価が明らかに示すところです。

バレンティン選手の新記録は、このような野球史学の観点からも、深い意義を有するのです。

<1>鈴村裕輔、「ロジャー・マリス」、『20世紀最強球団ヤンキースの誇り』、日本スポーツ出版社、2000年、126-129ページ.
<2>鈴村裕輔、「ルー・ゲーリッグ」、『20世紀最強球団ヤンキースの誇り』、日本スポーツ出版社、2000年、106ページ.


[1]Wladimir coco balentien. "Today I wanna announce to all my fans in Japan that Im retiring from japanis baseball wanna thank the swallows for the opportunity to play in Japan an make that opportunity a great baseball career an one of the greatest home run hitter in the japanis baseball hr king forever". 2022年1月23日3時55分, https://twitter.com/cocobalentien/status/1484962959117926400 (2022年1月23日閲覧).
[2]鈴村裕輔, バレンティンの本塁打記録更新が持つ意味. 2013年9月16日, https://researchmap.jp/blogs/blog_entries/view/76353/05cb6f7f5bd9517d78af383c3b3a28d8?frame_id=435622 (2022年1月23日閲覧).
[3]鈴村裕輔, なぜバレンティン選手は本塁打新記録を達成できたのか. 2013年9月17日, https://researchmap.jp/blogs/blog_entries/view/76353/f93e10558522502b935bfb3277c04aa3?frame_id=435622 (2022年1月23日閲覧).

<Executive Summary>
Celebrating Mr. Wladimir Balentien: The Retirement of the Home Run King from the Japanese Baseball (Yusuke Suzumura)

Mr. Wladimir Balentien announces the retirement from the Japanese Baseball on 23rd January 2022. In this occasion we celebrate the home run king of the Japanese Professional Baseball who recorded 60 homers in 2013.

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