続編を期待させる明るく朗らかな『クラシックの迷宮』に「池辺晋一郎の傘寿記念特集」

今日のNHK FMの『クラシックの迷宮』は、「作曲家・池辺晋一郎 傘寿を迎えて〜NHKのアーカイブスから〜」と題し、今年9月15日(金)に80歳となった作曲家の池辺晋一郎さんの作品が特集されました。

学生時代から60年にわたり様々な作品を発表してきた池辺さんの音楽を100分間で伝えることは決して容易ではありません。

それだけに、司会の片山杜秀先生もどのような構成にすべきか検討を重ねたであろうことは、最初に取り上げられたのがNHKの大河ドラマ『独眼竜政宗』のテーマ音楽であったということからも伺えます。

1987年に放送された『独眼竜政宗』は平均視聴率が大河ドラマ史上最高の39.7%を記録しており、テレビ画面を通して、池辺さんの作品の中で最も多くの聞き手を獲得したいっても過言ではない作品です。

そのような作品から始めることで聴取者の注意を惹きつけ、池辺さんの音楽への関心を高めようとする方法は、その後の選曲にも明確に表れています。

すなわち、交響曲や管弦楽曲、歌劇、器楽曲、合唱などを割愛し、テレビ、映画、アニメーションなどへの附随音楽に焦点を当てることで、先端的な作曲技法を背景にしつつ親しみやすさも備えた音楽を作り出そうとする池辺さんの意欲的な姿が浮き彫りにしようというのが、意図の特集の意図であったと言えるのです。

例えば、今回の放送では、黒澤明の映画に初めて音楽を提供することになった『影武者』(1980年)について、当初音楽を担当していた佐藤勝が「『軽騎兵』のような音楽を」という黒澤の要求に立腹して降板し、代わりに池辺さんが起用されたところ、持ち前の社交性を発揮して黒澤の要望を聞き入れつつ、最終的には自分が書きたいと思う音楽を作った、という逸話が紹介され、池辺さんの音楽作りと人柄とが二つながらに印象深く聴取者に語りかけられました。

あるいは、池辺さんが担当したNHKのバック音楽について、NHK側は一つの題材について複数の作曲家に依頼を行い、出来上がった作品を番組の特徴などに応じて使い分けているという制作側の事情を紹介しつつ、池辺さんと、池辺さんが一時期助手として師事した武満徹が手掛けた『幼児』を取り上げ、同じ主題であっても2人の作曲家の作品が全く異なる音楽となることを伝えるのも、片山先生らしい趣向の凝らされたものでした。

さらに、池辺さんが音楽を担当し、実相寺昭雄が監督した映画『姑獲鳥の夏』(2005年)について、当時の実相寺は作曲者に場面にあった音楽を依頼するのではなく、制約を設けず作曲させて出来上がった作品を場面に合わせて配置するという方法をとっていたという逸話を披露することで、「成熟へのプロセス」と題された作品が、池辺さんにとっては「成熟」を示す作品であり、そのような曲が映画の中では「成熟」と関係のない場面で用いられるという、視覚芸術における聴覚の関係を考えさせる番組の構成も、絶妙なものでした。

このように、今もなお斯界の第一線で活躍する池辺晋一郎さんの傘寿を記念した今回の放送は、いずれ続編として交響曲特集や合唱特集が企画されることを予想させ、しかも大いに期待させる、朗らかで含蓄に富む内容であったと言えるでしょう。

<Executive Summary>
"Labyrinth of Classical Music" Emphasises the Importance of Professor Shinichiro Ikebe and His Music (Yusuke Suzumura)

A radio programme entitled "Labyrinth of Classical Music" (in Japanese Classic no Meikyu) broadcasted via NHK FM featured Professor Shinichiro Ikebe to celebrate his 80th birthday on 30th September 2023. It might be a meaningful opportunity for us to understand Professor Ikebe's efforts and achievements in the field of music for TV, movie, and animation.

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