【追悼文】エズラ・ヴォーゲル先生について思ったいくつかのこと

現地時間の12月20日(日)、社会学者のエズラ・ヴォーゲル先生が逝去しました。享年90歳でした。

ハーヴァード大学で中国史や日本研究に従事したヴォーゲル先生というと、日本では1979年に発表された(『ジャパン・アズ・ナンバーワン』(広中和歌子、木本彰子訳、TBSブリタニカ、原題:Japan as Number One)の著者として知られます。

本書は、しばしば戦後の日本経済の高度経済成長の要因を分析し、年功序列や終身雇用などのいわゆる日本型経営の利点を強調した一冊として理解されます。

しかし、一読すれば明らかなように、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』は日本の文化や習慣を礼賛するのではなく、米国が日本から学ぶべきことと学ぶ必要のないことを明らかに描き出した、日本を通して米国への教訓を得ることを目的としていました。

このようなヴォーゲル先生の態度の根幹にあるのは、1963年に出版されたJapan's New Middle Cultureと言えるでしょう。

Japan's New Middle Cultureは戦後の経済復興の過程で登場した「新しい中間層」に焦点を当て、「イエ」の概念を手がかりに戦後の変化を検討し、「イエ」が持つ4つの側面を描き出します。

(1)戦前の「家族国家」の教えは日本に深く浸透し、今日でも「イエ」の理念は住民の行動に大きな影響を与えている。
(2)「イエ」の根幹は「絶えることのない家系」と「孝の概念」である。
(3)「イエ」の成員の目的は、先祖供養を絶やさず、「イエ」の永続と繁栄を守ることにある。
(4)個人は「イエ」のために自己の喜びや欲求を犠牲にする。この犠牲によって現世における尊敬や名誉を得るばかりか、「イエ」の永続を前提とする来世において不朽の名声を手に入れる。

こうした研究は、熊本県須恵村での農村調査(1935-1936年)に基づき、「イエ」の社会的側面と心理的側面を検討したジョン・エンブリーのSuye Mura: A Japanese Village (1939) や、1950年代にミシガン大学日本研究センターのリチャード・ビアズレーらが岡山県の新池集落(岡山県の北西端に位置)を調査した結果の集成し、「イエ」について心理的側面を重視して記述したVillage Japan (1959)、あるいは基礎的な社会集団としての「イエ」の重要性を説いたエドワード・ノーベックのTakashima (1954)やジョン・コーネルとロバート・スミスのThe Japanese Villages (1956)に連なる成果です。

その意味で、ヴォーゲル先生の研究の真価は、社会学と隣接諸科学を糾合し、丹念な現地調査を行った点に求められるかも知れません。

改めて、日本研究とともに中国研究にも通暁し、巨視的な観点から東アジアを捉えたヴォーゲル先生のご冥福をお祈り申し上げます。

<Executive Summary>
Miscellaneous Impressions of Professor Dr. Ezra Vogel (Yusuke Suzumura)

Professor Dr. Ezra Vogel, a scholar of social sciences, had passed away at the age of 90 on 20th December 2020. On this occasion I express miscellaneous memories of Professor Dr. Vogel.

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