労使のタフネゴシエーターたちの交渉術

去る6月8日(月)、日刊ゲンダイの2020年6月9日号27面に私が隔週で担当させていただいている「メジャーリーグ通信」の第70回「労使のタフネゴシエーターたちの交渉術」が掲載されました。

今回は大リーグの開幕を巡る選手会と機構・経営者側の対立と交渉術のあり方を検討しています。

本文を一部加筆、修正した内容をご紹介しますので、ぜひご覧ください。

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労使のタフネゴシエーターたちの交渉術
鈴村裕輔

NBAが7月31日の再開案をまとめ、NHLが7月以降に行うプレーオフを従来通り7回戦制で実施する案を公表するなど、米国では新型コロナウイルス感染症で中止や中断していたプロスポーツが再始動に向けた動きを加速させている。

一方、大リーグでは「7月4日前後のシーズン開幕」を目標としているものの、実現までの道のりは依然として遠い。

試合数に限っても、機構側が82試合を提案すると選手会側は114試合を実施する対案を示した。しかも、機構側は選手会による提案を拒否して50試合制を検討するなど、先行きの不透明感は増すばかりだ。

しかし、バド・セリグ体制下で副会長として労使問題を担当したコミッショナーのロブ・マンフレッドをはじめとして、大リーグ機構や各球団の幹部には交渉に長けた人材が揃っている。また、選手会も「全米最強の労働組合」と呼ばれるほど交渉力がある。

かつて専務理事として選手会を親睦団体から労働組合へと発展させたマービン・ミラーは、「相手が受け入れられない要求を出して、双方譲歩し自分たちが望むところで決着させる」という交渉術で、コミッショナーのボウイ・キューンらを相手に熾烈な駆け引きを行い、選手年金の拡充やフリー・エージェント制度の導入を実現した。

ミラーの手法は、われわれが思い浮かべる交渉の典型と言えるだろう。

一方、2011年オフに中島裕之とヤンキースの入団交渉が決裂したのは、ヤンキース側が最初から譲歩できない最終条件を提示したことで、中島側に交渉の余地そのものがなかったためだ。

また、選手会と経営者の双方が相手の譲歩を当てにして妥協せず、結果として未曾有のストライキとなったのが1994年の労使交渉だった。

こうした方法の違いからは、「交渉のプロ」が揃っているはずの選手会側も経営者側も、実は目分量を見誤って対応していることが珍しくないことが分かる。

しかも、年俸が高額な選手ほど削減額が大きく、低年俸な選手の削減額を低く抑えるという機構側による一連の提案は、選手の分断に繋がりかねない。

選手会側が一貫して「年俸の削減額は合意済み」として提案を拒否するのは、団結を維持して選手の「抜け駆け」を許さないことが不可欠になっているためだ。

何より、双方とも妥協点を見出す余地が乏しくなっているなかで、1994年のストライキの際に失敗に終わったものの調停を試みたビル・クリントンと異なり、今回はトランプ自身が大リーグの動向に全く関心を払っていないため「大統領による仲裁」も期待しにくい。

このように、労使ともに「タフ・ネゴシエーター」が揃ったことが、かえって事態の紛糾を長引かせているのである。
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[1]鈴村裕輔, 労使のタフネゴシエーターたちの交渉術. 日刊ゲンダイ, 2020年6月9日号27面.

<Executive Summary>
A Negotiation by the Tough Negotiator Brings the Tough Situation (Yusuke Suzumura)

My latest article titled "A Negotiation by the Tough Negotiator Brings the Tough Situation" was run at The Nikkan Gendai on 8th June 2020. Today I introduce the article to the readers of this weblog.

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