「ザ・タイムズによる五輪中止報道」の持つ意味は何か

英国の高級紙ザ・タイムズは、連立与党幹部の話として、日本政府が非公式に東京オリンピックの中止が必要と結論付けるとともに、2032年大会の招致を目指すと報じました[1]。

これに対し、日本政府は報道の内容を否定するとともに、開催都市である東京都及び大会組織委員会も予定通りの開催を強調しています[2]。

国際オリンピック委員会(IOC)、 東京都 、日本オリンピック委員会の三者で締結した開催都市契約では第9条でIOCに対する請求の補償と権利放棄を定め、第66条で契約の解除が規定されています。

いずれの条項もIOCに極めて有利であり、日本側に不利な不平等ともいえる内容となっていることを考えれば、「中止」の報道を日本政府側が公式に否定するのは金銭的な補償を避けるという危機管理の上からも妥当です。

それとともに、政治の分野では会ったのに会っていないといい決まったのに決まっていないとすること、あるいは硬軟両様の意見を使い分けることで世論の動向を見極めるといったことは常套手段であることに注意しなければなりません。

何故なら、IOCのトーマス・バッハ会長じゃ政治的な駆け引きを得意としており、「中止を決定か」という話題が国際的に影響力のあるザ・タイムズを通して報じられることで、日本国内の世論や国際競技連盟の反応を確認できるからです。

一方、報道の真偽はともかく、2021年の大会を断念して2032年の招致を目指すという方針は、2017年に2024年のパリ大会と2028年のロサンゼルス大会を一括して決定したものの2032年以降の夏季五輪の開催都市の選考が難航すると考えられている現状に照らせば、適切な対策となります。

もちろん、IOCにとって「オリンピックの実施」は組織の根幹であり、IOCの存在意義でもあるため、開催の実現のために最善の努力を尽くすのは当然です。しかし、これまでは等閑視されてきた「開催都市の犠牲」を正視しなければ、今後オリンピックの開催そのものが危うくなりかねません。

それだけに、東京オリンピックの延期問題、さらに今回の「中止報道」を通して、IOCのみに有利な条件が開催都市契約の不平等さが周知の事実となり、今後の契約締結に際して開催都市の権利の擁護が進むとすれば、今回の報道の意義は大きいと言えるでしょう。

[1]Japan looks for a way out of Tokyo Olympics because of Covid. The Times, 21st January 2021, https://www.thetimes.co.uk/article/japan-looks-for-a-way-out-of-tokyo-olympics-because-of-virus-lf868xfnd?utm_medium=Social&utm_source=Twitter#Echobox=1611249451 (accessed on 22nd January 2021).
[2]政府「事実は全くない」 英大手新聞の“五輪中止”報道を否定. NHK NEWS WEB, 2021年1月22日, https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210122/k10012828221000.html (2021年1月22日閲覧).

<Executive Summary>
What Is a Meaning of The Times' Report on Japanese Government's Private Decision of a Cancellation of the Tokyo Olympics? (Yusuke Suzumura)

The Times, a British newspaper, reported that the Japanese Government made a private decision to cancel the Tokyo Olympics on 21st January 2021. It might be an important opportunity for us to examine relationships between the International Olympic Committee and the host city of the Olympic Games.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?