ジャッキー・ロビンソンの遺産を活用せざるを得ない大リーグの実情

去る10月24日(月)、日刊ゲンダイの2022年10月25日号27面に連載「メジャーリーグ通信」の第125回「ジャッキー・ロビンソンの遺産を活用せざるを得ない大リーグの実情」が掲載されました[1]。

今回は今年9月5日に一般公開されたジャッキー・ロビンソン博物館について、その意義と価値を現在の球界におけるアフリカ系アメリカ人の存在感という観点から検討しています。

本文を一部加筆、修正した内容をご紹介しますので、ぜひご覧ください。


ジャッキー・ロビンソンの遺産を活用せざるを得ない大リーグの実情
鈴村裕輔

ニューヨークのダウンタウンにジャッキー・ロビンソン博物館が開館した。

初めて構想が持ち上がってから14年の歳月を経て今年9月5日に一般公開を開始した同館は、ナショナル・リーグとアメリカン・リーグにとって史上初のアフリカ系アメリカ人選手であるジャッキー・ロビンソンの遺品約4500点と写真約4万点を展示している。

大リーグだけでなく米国のプロスポーツの歴史にとっても画期的な出来事が起きてから75年という節目の年にロビンソンを顕彰する博物館が開設されたことは、それだけロビンソンの功績が大きいことを示している。

また、同館ではロビンソンが積極的に携わった公民権運動に関する資料の展示もなされており、1950年代から1960年代にかけて起きた米国社会の大きな変化がどのようなものであったかを知るために重要な手掛かりを与える。

このようにみれば、博物館は野球を通して米国社会のあり方を学ぶための重要な場所ということが出来るだろう。

ところで、1947年以降の展開を見れば、ロビンソンがアフリカ系アメリカ人も大リーグ選手となれる事実を示したことは、黒人リーグの衰退の始まりであった。

黒人リーグは大リーグがキューバ人を例外として有色人種を除外していた時代にあって、アフリカ系アメリカ人にとって最も高い水準で野球を行える場所であった。

しかし、「人種の壁」が克服されると、大リーグ各球団は優秀な人材を獲得するために黒人リーグの選手を迎え入れ、リーグの存立基盤は揺らぐことになる。そして、1948年にニグロ・ナショナルリーグが、1960年にニグロ・アメリカンリーグが消滅し、黒人リーグそのものが雲散霧消する。

その後、黒人リーグは存在そのものが忘れ去れることになった。だが、2020年に大リーグ機構が黒人リーグを大リーグと同等であると認定し、記録の統合が行われた。

こうした措置は、過去の適切な評価に留まるものではない。むしろ、大リーグに占めるアフリカ系アメリカ人選手の割合は1980年代半ばから低下し、現在では白人、ヒスパニック系に次ぐ位置となっていること、さらにアフリカ系アメリカ人の観客も減少していることと無関係ではないのである。

アフリカ系アメリカ人の選手や観客から今なお大きな尊敬を集めているのがロビンソンだ。記録の統合によって黒人リーグの存在に人々の関心を向けさせた球界にとって、博物館の開設は選手や観客に「アフリカ系アメリカ人を見捨てていない」と訴えかける格好の手段となる。

現在の大リーグは、ロビンソンという遺産を活用しなければならないほど、アフリカ系アメリカ人の存在感が希薄になっているのである。


[1]鈴村裕輔, ジャッキー・ロビンソンの遺産を活用せざるを得ない大リーグの実情. 日刊ゲンダイ, 2022年10月25日号27面.

<Executive Summary>
What Is a Meaning of Jackie Robinson Museum for the MLB? (Yusuke Suzumura)

My article titled "What Is a Meaning of Jackie Robinson Museum for the MLB?" was run at The Nikkan Gendai on 24th October 2022. Today I introduce the article to the readers of this weblog.

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