黒田東彦日銀総裁に求められる「国民との対話」への努力

昨日、衆議院財務金融委員会に出席した日本銀行の黒田東彦総裁は、「家計の値上げ許容度も高まってきている」などとした6月6日(月)の講演会での発言を撤回しました[1]。

黒田総裁は講演の中で東京大学の渡辺努先生が行った5か国の家計への調査結果に言及し、日本では「馴染みの店で馴染みの商品の値段が10%上がったときにどうするか」との質問に「他店に移る」との回答が、2021年8月は半数以上を占めたのに対し今年4月では大きく減った点に触れました。そして、値上げ許容度が高まっている理由について、仮説と断ったうえで、コロナ禍で家計の貯蓄が積み上がっていることを挙げました[2]。

こうした発言に対して世論の反発があったことで、黒田総裁は「やや強調し過ぎたかもしれない。これだけで許容度を測るつもりはない」[3]と釈明し、最終的に発言の撤回に至った次第です。

確かに、今年になってから諸物価が高騰する中で、「家計の値上げ許容度も高まってきている」とすることは、多くの人々の実感にそぐわないものです。

そのため、黒田総裁の発言に反発が起きるのも無理からぬところと言えるでしょう。

一方で、黒田総裁が「日本の家計が値上げを受け入れている間に、良好なマクロ経済環境をできるだけ維持し、来年度以降の賃金の本格上昇にいかにつなげていけるかが、当面のポイントだ」[2]と指摘したことは見逃せません。

何故なら、黒田総裁は物価は上昇しても賃金が上昇しない「悪いインフレ」ではなく、物価も賃金もともに上昇する「良いインフレ」の実現の重要さを強調しており、決して賃金の上昇を等閑視していないからです。

しかし、こうした重要な発言が見逃され、前段ともいうべき「家計の値上げ許容度」のみに注目が集まるのは、一面において情報の受け手が枝葉末節に気を奪われた結果であるとともに、他面では「市場との対話」に苦慮する黒田総裁[4]の情報発信力の足りなさが「国民との対話」も不十分なものにしていることを推察させます。

もちろん「国民との対話」は中央銀行の総裁の責任ではなく、むしろ政治家の務めというべきものです。

それでも、あるいはそれだけに、黒田総裁には改めて自らの発言の影響力の大きさに自覚的であることが求められるだけでなく、市場であれ国民であれ、よりよい対話の実現に尽力することが期待されます。

[1]黒田発言の背景「強制貯蓄」とは. 朝日新聞, 2022年6月9日朝刊8面.
[2]黒田総裁「値上げ許容度高まっている」 家計の負担巡り見解. 朝日新聞, 2022年6月7日朝刊1面.
[3]「値上げ許容度 高まっている」 黒田総裁. 読売新聞, 2022年6月8日朝刊9面.
[4]緩和修正 日銀と市場に溝. 日本経済新聞, 2022年4月29日朝刊9面.

<Executive Summary>
What Is an Important Element for Mr. Haruhiko Kuroda as the Governor of the Bank of Japan? (Yusuke Suzumura)

Bank of Japan Governor Haruhiko Kuroda apologised for saying that households are becoming more accepting of price rises, during a lecture held on 6th June 2022. In this occasion we examine an important element for Mr. Kuroda as the BOJ Governor.

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