サイ・ヤング賞右腕に2年間の出場処分を科した思惑

去る5月16日(月)、日刊ゲンダイの2022年5月17日号26面に連載「メジャーリーグ通信」の第115回「サイ・ヤング賞右腕に2年間の出場処分を科した思惑」が掲載されました[1]。

今回は近年の大リーグが進める女性の球団幹部や指導者への登用の促進政策などの取り組みの意義と、ドジャースのトレバー・バウアー選手の2年間の出場停止処分の持つ意味を検討しています。

本文を一部加筆、修正した内容をご紹介しますので、ぜひご覧ください。


サイ・ヤング賞右腕に2年間の出場処分を科した思惑
鈴村裕輔

大リーグが米国のスポーツ界の発展に寄与した役割は大きい。

1947年4月15日にジャッキー・ロビンソンがブルックリン・ドジャースに昇格して公式戦に出場したことで、大リーグは「人種の壁」を乗り越えた。さらに1955年までに当時の全16球団に「黒人選手」が在籍したことで、アフリカ系アメリカ人選手は大リーグにとって不可欠な存在となった。

また、10年間で87勝を挙げたジム・アボットは先天性右手欠損の選手として知られる。しかし、障害を持ちながら大リーグで活躍した選手はアボットだけではなく、大リーグ初期のヒュー・デイリーやウィリアム・ホイから20世紀半ばのピート・グレイ、バート・シェパードなどがこれまでに公式戦への出場を果たしている。

こうした事実は、大リーグが多様な選手を起用することに積極的であり、現在世界的に重要な概念となっている「多様化」という価値を先取りしていたことが分かる。

しかし、1980年代後半から、大リーグの閉鎖性、後進性が指摘されるようになる。

当初は球団幹部や指導者が白人によって占められ、アフリカ系アメリカ人が登用されていないという点が批判の対象だった。

だが、現在、大リーグは人種的な多様性だけでなく、女性の起用という点でも取り組みが不十分という評価が与えられている。

例えば、北米のプロスポーツの多様性を評価するスポーツにおけるダイバーシティと倫理機構(TIDES)の最新の評定をみると、大リーグの人種構成はNBAやNFLに比べて平均的ながら、女性の起用の点で低く評価されている。

大リーグ機構による独自の評価では、球界は人種の面でも性差の点でも高い水準で多様性を確保していることになっている。ただ、自己申告ともいうべき機構の調査と、TIDESのような独立した組織による検討の結果を比べれば、後者の信頼性が高いのは間違いない。

こうした背景から、球界ではキム・アングが北米のプロスポーツ史上初の女性のゼネラル・マネージャーに就任したり、レイチェル・バルコベックが球界初の女性監督、アリサ・ナッケンが大リーグで初めて一塁コーチを務めた女性となるなど、2020年から女性を球団幹部や指導者に登用する動きが進んでいる。

このような好ましい取り組みの一方で、女性への暴行の疑惑のあったドジャースのトレバー・バウアーについて、法的には不起訴となったものの機構が2年間の出場停止処分としたことは、球界として毅然とした態度をとることを示すためにバウアーの事例が用いられたとも考えられる。

今後も球界は女性の進出を加速させる。その中で、どのような成果と問題が生じるかは、絶えず検証されなければならないのである。


[1]鈴村裕輔, サイ・ヤング賞右腕に2年間の出場処分を科した思惑. 日刊ゲンダイ, 2022年5月17日号26面.

<Executive Summary>
Why Was Trevor Bauer Punished by the MLB? (Yusuke Suzumura)

My article titled "Why Was Trevor Bauer Punished by the MLB?" was run at The Nikkan Gendai on 17th May 2022. Today I introduce the article to the readers of this weblog.

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