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現場とは何なのか?

「事件は会議室で起こっているのではない! 現場で起こっているんだ!」
「踊る大捜査線」で、織田裕二氏が演じる青島刑事のセリフ。多くの人々は聞いたことがあるセリフだろう。

確かに、現場と会議室は遠い。
現場でのひっ迫感や1分1秒単位で変わる状況を、会議室で共有することは不可能に近い。
しかし、何かが起こっているのは「現場」だ。
「踊る大捜査線」でいえば、現場は事件が起こっている場所、製造業では、生産が行われている場所、又は製品が使われている場所だ。
私が仕事で携わっている建設業界でいえば、現場は「建設・維持管理作業が進められている場所」である。
会議室で議論している内容と現場状況が乖離することは多々ある。

私は、今の職業について10年が経った。
新人の頃に先輩・上司によく言われたのは、「現場をよく見ろ」
当時は、「そんなもんか」と思い、デスクワークの合間をぬって現場に行った記憶がある。

また、現在私は、技術職の採用や人事を担当しており、人材育成について幹部と議論することが多々ある。幹部が口をそろえて言うのは、「若手には現場をよく見てほしい」だ。

「現場」はなぜ重要なのだろうか?
現場では生産が行われ、価値が創造されているからだろう。実際に、建物が建設されているところでは、経済活動が行われている。人々が集まり、その場所に今までなかった物体が創造される。
現場を見ずに、会議室で議論して作成した設計図が、いざ現場で実行されると的外れになることがある。現場を見ないことのリスクは、計画が机上の空論になっている可能性があることだ。

現場を見ながら設計することは重要な視点であるが、「若手には現場をよく見てほしい」とはどのような哲学があるのだろうか。
たぶん、「想像力」がポイントだろう。
現場を経験すると、本社など現場から離れたところで仕事をする際に、本社等での決定が現場にどのような影響があるのか想像できる。つまり、地に足の着いた議論・検討をすることができる。
今思い返してみると、私の現場経験が実際に役に立ったことがある。
8年ほど前に外務省へ出向していた際に、私は発展途上国の開発協力担当をしていた。
外務省職員の語学力や外交における交渉力に劣等感を感じていた私が、唯一彼ら・彼女らに負けないと思ったのは「現場の経験値」である。(それほど現場経験が豊富であるわけではないが、外務省職員よりかは建設現場の泥臭い現場を見ているとは思う。)
開発協力の現場で、実際にどのように建設工事が進められるか、どのような人々が作業しているのかというイメージができることは、様々な技術的な内容を確認する際にアドバンテージになった。

それでは、違う角度から「現場」について考えてみよう。
安宅和人氏の「イシューからはじめよ――知的生産の「シンプルな本質」」において示されている、一つの考え方が参考になる。
同著において、「1次情報を大切にせよ」という考えが示されている。
世の中には、1次情報と2次情報がある。2次情報とは、HPに公表されているデータや新聞の情報である。1次情報は、まさに現場などの生の声や意見である。
「1次情報を大切にせよ」という考えは、実際の現場に行かず、机上の空論で終わってしまうことがあるため、1次情報はなるべく入手することをおすすめするものである。
インターネット時代において、2次情報の取得は容易だ。しかし、2次情報は様々なフィルターがかかっており、定量的に計測できる情報しか把握することができない。(我々の周りにおける計測できる情報は意外と少ない。)
現場の1次情報には、データ化できない情報(雰囲気や設備の状況等)が含まれている。このような情報が、インターネット時代における他の人と差別化できる要素になり得るだろう。

現場を経験することは非常に重要であることは分かった。しかし、漫然と現場を見ることに意味はあるだろうか?
答えは「No」だろう。
現場を経験する・見るときに、意識すべき点があるだろう。
現場に行く際には、何かの問題意識や仮説をもって行くことが重要だと思われる。
例えば、建設現場に行く際に、設計図を持ち、施工のプロセスがどのようになっているのか、どのくらいの人数で作業にあったっているのか等、の問題意識や仮説があれば、現場の情報がより詳細に取得することができ、理解が深まる。

新型コロナウィルスの流行に伴う経済活動の低迷や人との接触を減らすという意味で、現場へ行く機会が減っただろう。
また、「現場へ行くこと」が不要不急という扱いではなかったか?
しかし、GW明けより、新型コロナウィルスは第5類へ移行された。
現場を持つ産業で働く方は、現場を大事にしてほしい。

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