数学と証明と物語と。【第3話】倍数早見表
「ある数が $${2}$$ の倍数かどうかはどうやって判断できる?」
ここは数学研究部の部室。そこにいるのは私と明人、そして紗香さんの三人。人数は素数。数学研究部メンバー勢揃いだ。先生を除けば。先生が来ると素数ではなくなってややこしくなってしまう。
「一の位が $${2}$$ の倍数か $${0}$$ だったらですか?」
紗香さんの質問に明人が小さな声で答える。明人はどうやら紗香さんにビビっているらしい。こんなに優しい人のどこを怖がる必要があるのか皆目見当がつかない。だけど明人は確かにビビっている。かわいそうに。
「そうだね」
紗香さんは小さい子をあやすみたいに優しい声で言った。
「じゃあ、それを証明できる?」
「証明ですか……どうだろう……」
明人は顎に手を当てて考え込む。悩んでいる。おいおい、そんなに考えることじゃないでしょ。仕方がない。仕方がないなぁ。ここは私が代わりに答えてあげましょうか。何といっても私は証明が得意。証明と言えば私だからね。
「紗香さん、私が証明します!」
そう言ってから、私はホワイトボードに殴り書きを始めた。
【証明開始】その数を $${N}$$ とすると、
$$
N=10n+a\;\;(nとaは整数、0 \leqq a \leqq 9)
$$
と表せる。
そして $${N=(2\times5)n+a}$$ だから、$${a}$$ が $${2}$$ の倍数か $${0}$$ のとき、$${N}$$ は $${2}$$ の倍数である。【証明終了】
「ちなみに、同じ方法で $${5}$$ の倍数のときも証明できますね」
私は自慢気にそう付け足して証明を終えた。やっぱり証明は楽しい。たとえ簡単な証明だとしてもね。証明をしている時だけが生を実感できる。私は証明ジャンキーになってしまったのかもしれない。証明がなくては生きていけない。だけどそれでもいい。それでもいいと思えた。
「さすが愛ちゃん、証明が得意なだけあるよ」
「いえいえ、ありがとうございます」
美人さんに褒められるとさすがの私も照れちゃうね。証明が得意な自負はあるけども、尊敬している先輩に褒められると照れる。人間の心理というものは実に不思議なものだ。だからこそおもしろい。人間をやるのは飽きることがない。
「それじゃあ、次。ある数が $${3}$$ の倍数がどうかはどうやって判断する?」
また紗香さんが明人に質問する。黒髪ロングが風に揺れている。黒髪の美少女とはまさに紗香さんのことだろう。一挙手一投足が美しい。猫のように鋭くなる瞳もまたカッコいい。私は紗香さんに惚れているのだろう。きっと。全世界が紗香さんに視線を注いでいる。間違いない。
「ええっと……各位の数字の和が $${3}$$ の倍数かどうかですよね」
明人がおっかなびっくりしながら答える。
「正解。じゃあ証明は愛ちゃん、お願い」
紗香さんが笑顔で言った。
「承知しました。それでは僭越ながら私が証明させていただきます」
仰々しくホワイトボードの前に立つと、私は証明を始めた。
【証明開始】各位の数字を $${a, b, c, d}$$ とすると、次のようになる。
$$
\def\arraystretch{2.0}
\begin{array}{}
N &=& 1000a+100b+10c+d \\
&=& (999+1)a+(99+1)b+(9+1)c+d \\
&=& 3(333a+33b+3c)+(a+b+c+d)
\end{array}
$$
したがって $${a+b+c+d}$$ が $${3}$$ の倍数であれば $${N}$$ は $${3}$$ の倍数である。【証明終了】
「これと同じ方法で $${9}$$ の倍数のときも証明できます」
私は高らかに宣言した。
「うん、ありがとう。愛ちゃんがいれば証明に困ることはないね」
紗香さんがそう言ってくれた。嬉しい。実に嬉しい。私はこの日のために証明を頑張ってきたのかもしれない。私の人生はこの日のためにあったのかもしれない。今日という日にありがとう。明日も最高の一日であれ。
「二人が数学研究部に入ってきてくれて嬉しいよ、ホントに。去年まで私一人だったからさ」
紗香さんが窓の外を見る。何かを懐かしがっているかのように。その姿もまるで絵画のようだった。美しいね。私も美しくなりたいかも。
「一緒に数学を楽しもうね、ずっと、ずっと」
紗香さんが笑顔でそう言った。
「もちろんですとも!」
私も笑顔で言った。
「了解です」
明人は無表情で言った。
そんな数学研究部の一日。5時のチャイムが鳴る。素数の音。
第3話、おわり
参考文献① : 笹部貞市郎『定理公式証明辞典』
参考文献② : 結城浩『数学ガール』
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