数学と証明と物語と。【第6話】3次方程式の解法、カルダノの公式
数学研究部の部室はいつものように静かだった。机が7つ。人数は2人。窓が1つ。本棚が2つ。中学生レベルから大学生レベルまでの数学の書籍が並んでいる。あとは古いデスクトップパソコンが1台。Windows の古い OS がインストールされている。インターネットには繋がっているようだけど、現在は誰も使っていない。
先生の話によると、昔はインターネット上で開催されている数学の競技や、競技プログラミングに参加していた生徒がいたらしい。意外だよね。競技としての数学やプログラミングってどんな感じなんだろう? 多少は興味があるけどちょっと怖い気持ちもある。やってみたいような、そうでもないような……。
明人は相も変わらず黙々と数学の問題を解いている。私が部室に来ると必ず明人が先に来ていて、黙々と数学で遊んでいる。不思議だ。私だって授業が終わってからすぐに部室へ向かっているのにね。どういうカラクリなんだろうか。まあいいけどさ。
ということで、今日は3次方程式について考えていこう。
3次方程式
$$
x^3+ax^2+bx+c=0
$$
において $${x=y-\frac{a}{3}}$$ を代入すると、
$$
y^3+py+q=0
$$
となる。ただし、
$$
\def\arraystretch{2.0}
\begin{array}{}
p &=& -\frac{a^2}{3}+b \\
q &=& \frac{2}{27}a^3-\frac{ab}{3}+c
\end{array}
$$
である。
まずはこのことを証明する。
【証明開始】それでは実際に $${x^3+ax^2+bx+c=0}$$ に $${x=y-\frac{a}{3}}$$ を代入してみる。
$$
\def\arraystretch{2.0}
\begin{array}{}
(y-\frac{a}{3})^3 + a(y-\frac{a}{3})^2 + b(y-\frac{a}{3}) + c &=& 0 \\
y^3 - \frac{1}{3}a^2y + by + \frac{2}{27}a^3 - \frac{1}{3}ab + c &=& 0 \\
y^3 + (-\frac{a^2}{3} + b)y + (\frac{2}{27}a^3-\frac{ab}{3} + c) &=& 0
\end{array}
$$
ここで
$$
\def\arraystretch{2.0}
\begin{array}{}
p &=& -\frac{a^2}{3}+b \\
q &=& \frac{2}{27}a^3-\frac{ab}{3}+c
\end{array}
$$
とおけば
$$
y^3+py+q=0
$$
となる。【証明終了】
ちょっと大変だったけど、これで準備は整った。勝負はここからだ。
次は「カルダノの公式」を証明する。
3次方程式 $${x^3+3px+q=0}$$ の根は
$$
\def\arraystretch{2.0}
\begin{array}{}
x_1 &=& \sqrt[3]{A}+\sqrt[3]{B} \\
x_2 &=& \omega\sqrt[3]{A}+\omega^2\sqrt[3]{B} \\
x_3 &=& \omega^2\sqrt[3]{A}+\omega\sqrt[3]{B}
\end{array}
$$
であることを証明しよう。
ただし
$$
\def\arraystretch{2.0}
\begin{array}{}
A &=& \frac{-q + \sqrt{4p^3+q^2}}{2} \\
B &=& \frac{-q - \sqrt{4p^3+q^2}}{2} \\
\sqrt[3]{A}\sqrt[3]{B} &=& -p
\end{array}
$$
である。
また $${\omega}$$ は $${1}$$ の虚なる立方根である($${x^3-1=0}$$ の複素数となる解のこと)。
それでは「カルダノの公式」を証明してみよう。
【証明開始】$${x = u + v \cdots①}$$ とおいて $${x^3+3px+q=0}$$ に代入してみると
$$
\def\arraystretch{2.0}
\begin{array}{}
(u+v)^3 + 3p(u+v) + q &=& 0 \\
u^3 + v^3 + 3uv(u+v) + 3p(u+v) + q &=& 0 \\
u^3 + v^3 + 3(uv+p)(u+v) + q &=& 0
\end{array}
$$
となる。ここで $${uv+p=0}$$ とおいてみると(とりあえずおいてみよう)
$$
u^3 + v^3 = -q \\
$$
$$
\def\arraystretch{2.0}
\begin{array}{}
uv &=& -p \;\cdots② \\
u^3v^3 &=& -p^3 \cdots③
\end{array}
$$
である。
つまり $${u^3, v^3}$$ の和が $${-q}$$、積が $${-p^3}$$ である。
ここで根と係数の関係を思い出すと、$${ax^2+bx+c=0\;(a\not=0)}$$ の二つの根を $${\alpha, \beta}$$ としたとき、
$$
\def\arraystretch{2.0}
\begin{array}{}
\alpha + \beta &=& - \frac{b}{a} \\
\alpha \beta &=& \frac{c}{a}
\end{array}
$$
である。ということは $${u^3, v^3}$$ を根とする2次方程式は
$$
t^2 + qt - p^3 = 0
$$
と書ける。したがって、この2次方程式の根は
$$
t = \frac{-q \pm \sqrt{q^2+4p^3}}{2}
$$
である(これで $${u^3, v^3}$$ が求まった)。
そして①とおいたので、②を満たす3次方程式 $${x^3+3px+q=0}$$ の根は、
$$
\def\arraystretch{2.0}
\begin{array}{}
x_1 &=& \sqrt[3]{A}+\sqrt[3]{B} \\
x_2 &=& \omega\sqrt[3]{A}+\omega^2\sqrt[3]{B} \\
x_3 &=& \omega^2\sqrt[3]{A}+\omega\sqrt[3]{B}
\end{array}
$$
である($${\omega}$$ は $${1}$$ の虚なる立方根のこと)。
ただし
$$
\def\arraystretch{2.0}
\begin{array}{}
A &=& \frac{-q + \sqrt{q^2 + 4p^3}}{2} \\
B &=& \frac{-q - \sqrt{q^2 + 4p^3}}{2} \\
\end{array}
$$
であり、また③において3乗していたので
$$
\sqrt[3]{A}\sqrt[3]{B} = -p
$$
を満たす必要がある。
【証明終了】
これで証明できたと思う。3次方程式が解けたかな。何か間違いやおかしな箇所があれば教えてほしい。私はちょっと疲れちゃったよ。トホホ。大きく伸びをすると骨がポキポキ鳴った。凝り固まった筋肉をグリグリ動かしてみる。気持ちいい。
数学の壁は高く、険しい。だけどその先にある景色は美しく、数学の魔法に魅了されることも多々あった。私は少し微笑んで、自分の頬に触れる。疲れた心は達成感で満たされていた。やっぱり証明は楽しいね。
そろそろ帰ろうかな、と思って部室を見回してみると明人がいない。荷物もないのでどうやらもう帰ったようだ。おいおい、私を置いて帰るなんてそんなに悲しいことがあるかい? いや、集中していた私の邪魔をしないように静かに帰ったのかも。
部室の窓から外を見ると夕陽が街をオレンジ色に染め上げていた。日が落ちるのは早い。季節の移り変わりを感じながら私は荷物をまとめ始めた。明人の机には数学のノートと一緒に小さなメモが残されていた。おそらく私のためのものだろう。
メモを拾い上げると、明人のきちんとした字で「先に帰る」と書かれていた。心の中で笑って私はそのメモをノートの間に挟み込んだ。
「明日、お礼を言わなきゃね」
第6話、おわり
メモ : ヨビノリさんの動画がとても分かりやすかったです。
参考文献① : 笹部貞市郎『定理公式証明辞典』
参考文献② : 結城浩『数学ガール』
参考文献③ :ヨビノリ『3次方程式の解の公式(カルダノの公式)』
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