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学びを強制することをやめましょう

2023年度1学期に発行した中1学年通信に私が書いたメッセージをまとめてみました。生徒の保護者に向けたメッセージという体裁にはなっていますが、真の狙いはこれを発行する側になる教員に、学びに対する姿勢を見直すきっかけを作ってもらうことです。学校や家庭で中学生によく言われそうなことを理詰めで否定するものになっています。将来のことや、通知表や定期考査で付けられる評価を脅しの材料にするような学びの強制をやめませんか。


4月発行:将来のために勉強をしなければならない?

『将来のために勉強をしなければならない』は、誤った勉強への印象付けだといえます。

勉強をして多くの知識を得たほうが幸せになれる確率が上がる、というのは結果の話であって、“将来のため”は最上位にある目的ではありません。明確な将来の目標が決まり、それを学びの原動力の一つにすることは素晴らしいことですが、学びの本来の目的は自分自身の成長そのものを楽しむためです。労働のために駆り出すことなく、学ばせてあげようというのが義務教育の意義です。突然の休校などでその権利を失ってしまったときに子どもが大喜びするのは、よく考えればおかしな光景です。学校に行くこと、学ぶことの意義を子どもが正しく理解できていれば授業が突然なくなったらがっかりするはずで、我々教員はそうなるように促していこうと考えておりますので、ご家庭でも前向きな声掛けをお願いします。
中学校では観点別評価が導入されています。「知識・技能」「思考力・判断力・表現力」「主体的に学習に取り組む態度」の3観点です。これは評価材料の各要素を可視化したものです。また、絶対評価で評価がされるので、生徒にとって平均点が意味を持たなくなりました。何かしら評価をつけてもらうということは自身の成長を可視化できるチャンスです。特に定期考査はこれまでの活動でどんな能力が伸びたのかを知る貴重な機会です。定期考査は“乗り越えなければならない試練”ではなく、いわばボーナスタイムと言えるような貴重な機会です。そのような意義を理解できれば『テストで良い点を取るために勉強する』が不適切な動機付けだということがわかります。たとえば【1年間テストで満点が取れるけど、1年間で得た記憶を失う薬】、テストの点数のために勉強する人は飲んでしまうかもしれません。しかし、成長することが目的であれば飲むはずがないです。最後に、以前私が授業担当をした生徒から受けた定期考査に対するクレームを紹介します。定期考査終了直後、教卓に詰め寄ってきたある生徒がこう言い放ちました。「今回の試験、授業でやったことしか出ていないじゃないですか!」このクレームの背景をご家庭においても生徒さんと一緒に考えてみてください。
中学校入学は学びの意義を考え直すとても良い機会です。大人の誤った声掛け一つで、ヒトという生物の持つ純粋な知的好奇心を阻んでしまうかもしれません。生徒さんたちが自身の成長を楽しむために学校を活用し学んでいけるよう、温かく見守っていただければ幸いです。

6月発行:定期考査のために勉強する?

 中学生として初めて体験する中間考査が終わり、結果も各教科出揃ったころかと思います。かつての名残で本校での成績一覧表にも偏差値・順位といった表記がありますが、これらは観点別で絶対評価をつける現代には意味を持たないもの、ということを前回の学年通信でも確認しました。定期考査は学習内容を確認・評価するためのものであり、授業担当者はすべての問題に正解することを期待して日々の授業をしております。たとえば○点以上が合格といった免許交付のための試験や、相対的に上位○名が合格といった選抜試験と、定期考査はそもそもの実施意義が異なります。つまり、実施済みの定期考査について、「もう終わったこと」と離れるのではなく、何度も何度も挑戦して満点が取れる段階まで成長するために活用するのが正しい使い方です。教科によっては課題として解き直しをさせることもありますが、これも機械的にただもう一度解いても成長は期待できません。解けなかった問題を一つひとつ見つめ直し、何が原因で”解けない”という状態に至ったのかを考えることが成長に繋がります。現実から目を背けたがる生徒は、原因を考えさせると「ケアレスミス」「時間が足りなかった」「もっと勉強をすればよかった」と思考を停止しがちです。そうではなく、どこの理解が不十分だったのか、どうすれば次の機会でクリアできるのかを考えるのが大切です。それらに気づき、定期考査の前に見落としていた「理解したつもりだったこと」を見つけるのが定期考査の意義です。そしてせっかくそれに気づいたのにそのままにしては本末転倒です。一人ひとり、理解度にも、そこから再度学習して理解するスピードも違います。定期考査を終えた今こそ、”考査で良い点を取るため”ではなく、”自分自身が成長するため”に終わった考査の問題に取り組んでみるよう、ご家庭でもお声がけをお願いします。そのような姿勢での学習が、結果的には基礎の定着に繋がり、良い結果を生むと期待できます。

7月発行:夏休みの課題は義務?

 1学期の授業をすべて終え、これから長い夏休みが始まります…という書き出しはよく見られると思いますが、こんな言葉を紹介します。「人生は何事をもなさぬにはあまりに長いが何事かをなすにはあまりに短い」(「山月記」中島敦)。夏休みも当てはまるのではないでしょうか。何か目標を持ち何かを成し遂げようと考えている生徒にとって、たった1ヶ月ちょっとの夏休みは短く感じるでしょう。しかし、多くの中学生にとって1ヶ月という期間を費やすような大きな目標を持つのは非常に難しいことです。そこで少なからず大人がサポートをすることが生徒たちの成長に繋がると期待できますが、過度なサポートは成長の妨げになってしまいます。「塾に行かせないと勉強しなくなってしまう」「放っておいたら一日中ゲームをしてしまう」といった心配もあるかもしれません。生徒本人が考え、その結果としてよく遊び、よく学び、よく休むような生活を送れれば健全な成長に繋がるものです。しかし大人がそれらをすべてプランニングし、強制してしまうと、一見有意義な体験をしているように見えて、じわじわと子どもの持つ主体性を蝕んでいくかもしれません。
 大人がまずすべき声かけは「今日は何するの?」「今日はどんなことをやったの?」だけで十分です。そうして日々の過ごし方を言語化させることで、有意義に過ごせるかどうかを自分自身で考え、成長に繋がります。「丸一日ゴロゴロしていただけ」と答えることもあるかもしれません。そんなときは、保護者の皆様自身が休日に何か新しいことを学び、それがいかに有意義で楽しいことか語ってあげてください。学びは大人が強制するものではなく、”休みがあったらやりたいもの”であると示すことが、子どもが主体的に学ぶ姿勢を身につける最良の道だと考えます。そんな大人が身近にいれば、休みの日にゲームをしたりチャットをしたりするだけの過ごし方がいかに”もったいないこと”であるかを痛感するでしょう。夏休みの課題についても義務ではなく、生徒たちに与えられた権利です。中学1年生の夏休みという、人生でたった一度のこの機会にもっとも良く学べるようにと、普段から生徒さんたちを見ている授業担当者がデザインした課題です。教科書を読むでも、スタディサプリの動画授業を受けるでも良い学びの選択肢の中で、最適だと考えられて出された課題です。これを取り組まずに夏休みを過ごしてしまうのはあまりに”もったいない”ことです。8月31日に「もったいないことをしたなあ」と嘆くことがないよう、短い夏休みを有意義に使うために、保護者の皆様方も何卒、ご協力をお願いいたします。


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