「かりん」2020年5月特集号を読む【番外編】若手座談会風レポート(後半戦)

※前半戦は6/11投稿の記事をご覧ください。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

【碧野みちる:10首目】
  薬効が切れ卒倒するわたくしの此処がロボットプラネットユートピア

郡司:初読のときは深く鑑賞できそうだったけれど、調べたら「ロボットプラネットユートピア」の元ネタは音楽ゲーム(CHUNITHM)の楽曲名だと知って、どう解釈すればいいか分からなくなった。音ゲーしすぎて倒れちゃったのかな?
碧野:自作解説はよくないかもだけど、これは、私がゲーセンのアーケード音楽ゲーム(音楽に合わせてパネルやボタン等を叩きその正確性でスコアを競うもの)で、この楽曲をプレイした時にピンと来てつくった歌です。この結句の「ロボットプラネットユートピア」に、特に深い意味はないのだけど、強いて言うならみんなにどう解釈されたか知りたい。
貝澤:文字通りだとすると、ロボットはチェコの作家カレル・チャペックが生み出した言葉で、ユートピアはトマス・モアの古典。それらが造語になって歌に詠まれていて、機械文明的な荒廃を感じるけれど、連作舞台の現代と果たして繋がりがあるのかどうか。共産圏っぽい匂いを出したいのはわかるけれど、この歌の印象は正直あまりよくない。
丸地:同じく、下句のレトロSF感と、上句の繋がりがわからない。唐突で意味が少ない。自分は「夢落ち」と解釈している。ゆるんでいる。前半数首の苦しみからやっとユートピアに辿り着けたかと思ったら、「卒倒」して、「釜茹地獄(11首目:ゆず湯の柚子はかぷかぷ笑うこの生が釜茹地獄だなんて大袈裟)」にまた戻る感じでしょうか。
川島:ただ、連作前半の、対人関係を伴ったひりひり感は碧野さんならでは(7首目:路地裏に摘みたる野菊は痣のいろなにゆゑわれは歯を喰ひしばる)。そこからこの「ユートピア」の歌と繋げてゆくと、この一首でガラッと反対の歌意やストーリーが展開される。唯一の生きる活路か? みたいな。
碧野:実はこの歌をここで提出したのは、原稿当時〆切が迫っており、ひらめき半分適当で詠んだ自分的に納得いかない歌だったから。どうしてこれがこの特集号に採られたのかわからなくて。逆にいえば「〈それ〉がわからない」ってことが今の私の弱点なのかと考えて、みんなに針の筵にしてほしかった。この前キャスで大井さんに「自分に寄せすぎているのが生々しい」と批評してもらったので、いろいろ考えるヒントがほしい。
郡司&川島:たぶんこの「ロボットプラネットユートピア」の歌が採られた意図は、選歌側にはそこまでないのでは? 消去法的な。そういう部分は全員にあると思う。逆に自信あった歌が切られて「何でこの歌採られなかったの!?」って思うこともあるよ。
貝澤:この歌を生かすとすれば、前後に「アーケード」の歌を入れた方がいいかも。『時計じかけのオレンジ』的なスラム感が出ると思う。
丸地:同感です。


【丸地卓也:2首目】
  からからと枯れかけの躑躅植えられる緑化条例のわずか数行

碧野:見立てが巧い。「数行の条例文のように列をなして植えられていく躑躅」という連想が好き。3首目の「隠遁にかたよるこころはまだ早い山菜そばのわらびが笑う」の歌も然り。ただ8首目「しめ鯖のかけらに知りぬアニサキスお酢に溺れて死んだのだろう」、9首目「暖房で一瞬にして水滴に変わってしまった雪の白さよ」は、言いたいことが平坦に終わってしまう気がした。丸地さんの歌は、派手ではないけど地味でもなく、「滋味」のある歌だと思う。何度も読んで嚙みしめて味が出るスルメみたいな……。
貝澤:でも……、はっきり言うけど地味だよね。
川島:だけど「地味」は悪いことじゃない。これは皮肉の歌。緑化条例のために植えられる躑躅が枯れているという皮肉の風景が、現実と作中主体共々表現されている。
小田切:丸地さんには、落ち着いた知的な歌だけじゃなく、意外にポーンと飛躍する歌もある。この連作ではおおむね「見たものを描写した」と思わせているけれど、ちゃんと比喩や取り合わせに飛躍がある。
貝澤:ただ、失敗するときは、その知性があたりまえのところでとどまってしまう。もちろん、どの歌も悪くはないんですけど。
川島:確かに悪くはないんだけど、読み終わったあと「……でしょうね」って展開の歌が多い。いい歌だし気持ちがわかるけど、わかりすぎる。
貝澤:連作最後は他者も出てきて(12首目:流木の椅子に座るる君のいて話せばわれに届く波紋が)、いい流れ。逆に前半部分は、悪く言えば「普通」。空気感は工藤吉生さんの「公園の禁止事項の九つにすべて納得して歩き出す(「この人を追う」)」に近い。枠に囚われすぎているかも。
川島:最初3~4首目くらいは自己紹介的な歌だね。それから〈われ〉を展開して、ひねっている。新人賞によくある展開。
丸地:戦後モダニズム短歌が好きで、それに引っ張られている。特に前川佐美雄や稲森宗太郎。マイナーポエット的だと自覚している。前半は〈われ〉づくり&環境批評。
郡司:1首目「里山を削りとり来し造園の軽トラックに椿が寝ておる」は、「インテリジェンスギャグ」だと思う。丸地さんは今後、こういう「寝ている」ではなく「寝ておる」のような表現を極めていくといいのではないか。
小田切:真面目な文体でおかしな表現をするという、いかにもではない感じが好印象。理に勝るユニークさを、丸地さんはもっと開拓すべきでは。
貝澤:ちなみに一首目の結句はどういう意図? 吉岡太朗さんを意識した?
丸地:山崎方代のオマージュです。
一同:そっちかー。

【小田切拓:11首目】
  「欲しいものを手に入れたいわ」どの国のどんな言葉の和訳だろうか

川島:あくまでイメージですが、人間的ではなく、機械的に和訳されている印象を受けた。「あてどなさ」がポコッと作中主体の中に入ってきて、それに対してのささやかな共感か。全体的にその雰囲気はある。12首目「この地図を拡大したら僕がいる 拡大せずに見つけてほしい」とか、誰かと自分との相互作用を感じる。
小田切:この言葉は事実じゃなくて、誰かの名言とかではないです。
碧野:川島さんに同意。「誰かと自分との相互作用」は歌人・小田切拓に通底しているテーマではないか。碧野個人は自分に寄りすぎるので、きちんと周りと自分とを見据えられる小田切くんが羨ましい。
貝澤:上句は「欲しがりません勝つまでは」の裏返しのよう。本人は事実に即してないと言うけれど、ココ・シャネルの名言(My life didn’t please me, so I created my life. 〈私の人生は楽しくなかった。だから私は自分の人生を創造したの〉)を思わせるような、ポジティブさがある。
碧野:だけど「ザ・陽のあたる世界のポジティブ」じゃないよね。
貝澤:そうだね、ポジティブの種類に迷う。そもそもネガティブな歌かもしれないし、どっちにもとれる。13首目「規格外すぎて廃棄をされていた野菜の料理を朝のニュースで」に関しては、先日のキャスで大井さんと読みがズレていたのはビックリした。僕はこの歌をネガティブな心情の吐露だと思っていたけれど、大井さんはこの歌を「ほんのちょっとだけ希望を見せたような歌」と解釈していたと思う。
郡司:最近よく見受けられる若手の短歌は、「言いたいことのもう一歩次のことを言いたがるor匂わせる」感じがある。小田切さんは「一歩進まず寸止め感」があって好き。
貝澤:言いすぎたり言い切ったりしないところね。
丸地:「(作者が)言いたいこと」を貫くか迎合するかは迷うところ。
小田切:先鋭していくか万人受けするかですか?
丸地:うん。固い内容・問題であっても柔らかい文体で詠む小田切さんだけど、その歌意をどれくらいの層のひとがわかってくれるのかなって疑問がある。寄っちゃうとつまらなくなるけど。
貝澤:でも、小田切くんはわりと「言い切る」「言っちゃう」タイプだと思うよ。
一同:わかる。いうよねー!
小田切:おっしゃる通りです。自分は強い主張をしたいし、強く言いたいこともあるけど、よくわからないって言われる。善処したい。
貝澤:「言わない」にしても簡単に帰結しちゃうわけじゃなくて、結論がでない話ではあるけれど。
小田切:ところで、みなさんは僕の連作で一首採るとしたら、何かありますか。
貝澤:2首目「トーマス・マン『魔の山』借りし台湾人留学生のその後を思う」かな。1首目「高級なホテルのコーヒー一杯に満たない時給で働く図書館」だと苦しすぎるけど、これくらい柔らかだといい。
碧野:2首目!(貝澤さんとほぼ同意見)
川島:5首目「花札をアプリで済ます時代にはあのパチンッという音はないのだ」が好き。「トランプ」とかじゃなくて「花札」という名詞の選択が良い。意外性がある。確かにネット花札だとあのプラスチックの硬質の音は出ないなあっていう発見があって、納得してしまった。
丸地:自分も花札かな。
碧野:ただ初期と比べて、韻律は固くなった気がする。でもそれが悪いとは思わない。小田切くんの人生を感じる。
貝澤:初期の「握った手ほどかれ「さよなら」言われた日“俺版”金色夜叉が実写化(「かりん」2017年1月号)」のころは、小田切くん本人に歌がすごく寄っていた。そこから年を経て、社会を知って、社会と自分の相互作用の中で歌う方向に変化してゆく中で、いろいろ見定める必要があるのでは。得るものと失われるもの。

【総括】
一同:ありがとうございました。こういう歌会たのしい!

(参加者:郡司、川島、貝澤、碧野、丸地、小田切)(記録:碧野)(編集:貝澤)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?