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『進撃の巨人』ワールドワイド・アフターパーティーから学ぶ、アニメ×メタバースのあるべき姿

世界中で絶大な人気を誇るアニメ「進撃の巨人」は昨年で放送10周年を迎えました。

そんな人気アニメの最終回直後に開催された『進撃の巨人』ワールドワイド・アフターパーティーは、10年間続いた一大コンテンツである進撃の巨人の最後を締めくくり、クリエイターと世界中のファンで一緒にお祝いするオンラインイベントです。


『進撃の巨人』ワールドワイド・アフターパーティー イベント概要

パーティー会場であるクルーズ船内の様子

今回のイベントの特徴はオンライン、それもメタバース内での開催であること。これにより、世界中でモバイル端末やPCから同じ時間・空間で垣根なく進撃の巨人の世界観の中で交流や、コンテンツを楽しむことがが可能になります。
なお、メタバースで実施されるファン参加型の全世界合同アニメイベントは世界初の画期的な試みとのことです。

アカウントを作成し、3,000円(海外では22$)の有料チケットを購入後、ブラウザから特設サイトにアクセスさえすれば、専用アプリや端末は不要でメタバース上の会場に入場可能です。

クルーズ船という舞台と、小ネタが散りばめられた船内

イベントは船着き場から始まります。
打ち上げ会場は豪華なクルーズ船内という設定であり、船内を自由に歩き回れる仕組みになっています。

船内は豪華な装飾はもちろん、巨人型のバルーンや装飾など、進撃の巨人ファンに嬉しい遊び心満載の小ネタが散りばめられています。オープンワールドでリッチなゲームが一般的になった今、クローズドな環境でできる限り豪華に見せる工夫がなされています。

人が集まるパーティールームでファン同士の交流可能

打ち上げを楽しむパーティー会場ではテーブルの上に花を捧げたり、他の人とエモートで乾杯したり、チャットやスタンプで交流が可能です。

人が集まる場所にはアバターのマントや乾杯ジョッキ、チャット用スタンプなどデジタルアイテムや、公式ECサイトに接続してグッズを購入できる場所があります。
ここでアイテムを購入することで会場の飾り付けが豪華になったり、アバターをカスタマイズできたりと、より場が盛り上がる仕組みとなっています。

クリエイターのアバターとも交流

船内には制作陣や声優などクリエイターのアバターがおり、彼らと乾杯をすることで特別動画を見たり、本人へ直接メッセージを送ることが可能になっています。

イベント中は制作陣が直接メタバースに参加している様子も見られており、制作陣と空間を共にできる仕掛けで盛り上がりを見せていたようです。

メインイベントは特別番組の放映

イベント開始直後から11/8までの間は制作陣やキャストによる特別番組の放送がなされました。

特別番組では制作陣がアニメにかけたこだわりや裏話、人気キャラ投票ランキング発表などここでしか見られないオリジナルコンテンツが放映。対談などは生中継され、コメント機能でライブ感満載の盛り上がりを見せました。

名曲とともに10年を振り返るリッチな映像のグランドフィナーレ

11/7、11/8の2日間はグランドフィナーレとして、進撃の巨人の名シーンを3DCGを使った美麗な映像を、名曲に乗せたうえで調査兵団の一員としてそのシーンに溶け込んで名シーンを追体験できるイベントが開催されました。
このイベントは入場チケット購入時に指定した時間枠のみで参加可能です。Unity HDRPのリアルタイムエンジンで制作されており、きれいなグラフィックでありながらブラウザからの同時接続で100人近くが歩き回れるようになっています。

イベント外では限定コンテンツのコレクションで楽しめる仕掛け

クルーズ船内には様々なコレクション要素が散りばめられています。
船内にはアニメの原画や作中の小物が用意されており、小物にふれるとオリジナルボイスドラマや制作秘話といった17種類の限定コンテンツをみれたり、SNSにシェアしたくなるようなフォトスポットが用意されています。特にボイスドラマは原作では語られなかった裏での会話が聞けるため、ファン必見の内容になっています。

コレクション要素はアルバムに保存され、すべてをコンプリートすると秘密の部屋に入れるスタンプラリー要素があったり、公式Xで思い出フォトコンテストが開催されたりしており、たくさんのファンがSNS上にイベントの様子を投稿していました。(#進撃打ち上げ #AOTParty 参照)

船内にはキャラクターの部屋が16種類用意されており、その中ではキャラごとの物語の名シーンが3Dで再現されていたり、メッセージを添えたお花をみんなで添えられるようになっています。
部屋の花は5万本添えられることで満開となり、SNS上では好きなキャラの部屋を満開にしようという運動も見られました。

船内の地下はギャラリーとなっており、進撃の巨人が過去10年間でどういった軌跡を歩んできたかを見ることができます。コラボ企画も網羅されており、コアファンでも知らないキャラの姿を楽しむことができると好評でした。
全てのコンテンツを1日ですべてを見て回るのは難しく、しっかり楽しめるボリュームになっています。

イベント詳細はこちらからご覧ください。


メタバースが成功した要点・革新的な点

『進撃の巨人』ワールドワイド・アフターパーティーは24時間常に盛り上がりを見せており、広大なマップを自主制作して公開したり、ファンアートをSNSに投稿したり、Discordサーバーが建てられ情報交換が行われる様子も見られました。

来場者数は明かされておりませんが、添えられた花の数が5万を超えたとの公式ポストより、最低でも5万人が来場し、1.5億円の売上が出たことがうかがい知れます。

追記
お花は一人で何回も捧げることが可能な仕様だったとのことでした。
その他の規模感を示す数字はこちら
公式Xフォロワー数:2.2万人
公式サイト月間PV数:93万PV(SimilarWebより)
公式PV再生数:38万回
数字は参考程度にしてください。

3600円のチケットを18万人が購入し、推定視聴者数が50万人を突破したと言われている米津玄師のFORTNITE上でのライブに比べるとまだまだ規模は小さいものの、平均で1日約2000人来場するという規模は、最も日本で多くのファンが来場したアニメ企画展の一つである「ONE PIECE展」(六本木ヒルズの森アーツセンターギャラリーにて開催)が平均1日5000人来場したことを踏まえるとまぁまぁ成功した部類に入ると考えられます。

人が集まる時間・空間の設計

本イベントが上手だった点は、人が集まる理由を明確に設定しており、盛り上げを創出していた点にあると考えられます。
アニメ最終回放映直後にイベント会場を開放し、熱量が高い状態のファンを3D空間に集める。進撃の巨人の世界観の中で、特別番組や限定コンテンツでユーザーを引き付け、同じ時空間を共有することでファン同士やクリエイターとのの一体感を創出し、カタルシスを提供する。この、インタラクティブ性による、進撃の巨人を楽しんでいるのは自分だけじゃないとファンが確信できるようなライブコンテンツの提供と誘導をうまいこと提供できたのだと思います。

設計の妙はクルーズ船のところどどころにも見られます。
例えば花を贈る仕組み。人がより花を贈れば豪華になっていく会場は、コンテンツが盛り上がっていることを視覚的に表現できており、さらに言えば好きなキャラごとに花を贈れる仕組みは推し活的な要素も含まれており、より人々を熱狂させるエンジンになるでしょう。

イベントがない日常でも、コレクションといったゲーミフィケーション要素が組み込まれていたり、隠し部屋や隠し演出といったコンテンツでユーザーを飽きさせない仕掛けがなされており、SNS上で盛り上がりを見せていました。

目的ごとにルームが分かれていたこともポイントの一つ。メタバースをただ提供するだけでなく、目的に応じたルームを設定することでファン同士の交流を促進する仕掛けでエンゲージメント向上を狙っており、事実SNS上では多くの交流が見られる結果となりました。

盛り上がりのメリハリを提供する運営の手腕

また、『進撃の巨人』ワールドワイド・アフターパーティーは運営が積極的にイベントの盛り上げに尽力していたことも特筆すべき点です。

まず、イベントの人気を受けてかグランドフィナーレの翌朝にイベント延長を決定します。

イベント延長期間は無為に過ごすのではなく、キャラクターごとの日を設定してキャラごとの特別動画のループ配信を実施し、ファンに集まるように声をかけています。
また、前述した目的別のルーム設定もイベント中の17日に実施されたものであり、事前に用意されたものではないことがわかります。
これら一連の動きが実施直前に発表されていることを鑑みるに、ファンの反応を見つつ求められているコンテンツを柔軟に提供していたのだと推測できます。

こういったライブ感を演出する運営により、グランドフィナーレ終了後も継続的にファンが楽しめる環境が提供されたのも成功の要因でしょう。

快い体験の提供とスムーズなビジネス化

メタバース特有のアクセシビリティの課題に対しても有効なアプローチをしています。

まず、本イベントをブラウザで実現したことは非常に重要なポイントだったと言えます。
メタバースのうち、HMDが必要なイベントはあまり人が集まりません。ほぼ同時期に開催された小学館のしおあま Virtual LIVE 桜華祭編があまり話題にならなかったのは、IP後からの差があるといえどもコンテンツをフルで楽しむのにHMDが必須だったことも影響しているでしょう。とにかく入り口は大きくないといけないのです。
更に、ビジネスの観点からいうと、ブラウザ対応によりPFerに支払う30%の手数料を回避できるところもポイントです。アプリ内課金を回避する意図でもブラウザで実現することは重要でしょう。

また、ブラウザで提供し、アプリ内課金を回避することで公式ECのリーブス商会シームレスに接続する課金導線が非常にスムーズになっており、マーチャンダイジングの促進にも成功しています。その上、リーブス商会では購入者全員に限定クリアファイルのプレゼントも実施されており、思わず買いたくなるような仕掛けもなされていました。

このあたりのバックグラウンド技術は開発したstu.さんの公式ページを参考に見てみてください。

英語対応による世界的な盛り上がり

本イベントは全てのコンテンツが英語に翻訳されていました。
そもそも本イベントは企画がMyAnimeListという海外のアニメファンが集まるポータルサイトを運営する会社が実施しており、MyAnimeList上はもちろんのこと、SNSに加えてAnimeNewsNetworkAutomatonといった海外メディアでも大々的に取り上げられています。また、イベント中に英語圏のインフルエンサーを利用したマーケティング事例も見られます。

アクセス解析の結果。日本からのアクセスは1/4にすぎず、同じ規模で台湾からの流入が見られる

公式サイトやSNSでも日本語と英語双方の案内がされており、オンラインチケットもドル表記、英語版FAQも用意されており、ECも海外向けに発送可能ということではじめから世界に向けた発信をしていました。結果としてSNS上でも多くの海外ファンも駆けつけている様子が見て取れます。

イベント中、進撃の巨人を通じたボーダーレスな国際交流が多く見られました。多くの日本ファンにとって、これだけ多くの人が同じコンテンツを愛しているのだという実感が湧き、より愛着がもてるようになるきっかけになったでしょう。
また、ファンだけでなく制作陣も人気や熱量をダイレクトに実感できる機会となったはずです。直接メッセージを受け取ったクリエイターたちも自分の仕事の影響力を身をもって感じるとともに、進撃の巨人への愛着が湧いたことでしょう。

メタバースを通じて国境がなくなることで、日本からのコンテンツ発信を促進するきっかけになるし、海外ファンからしても制作陣や日本のグッズに触れることでより愛着が湧き、コンテンツを深く楽しめます。そういった意味でも、今回のイベントは今後のアニメ業界のグローバル化において重要な一歩になったのだろうと思います。


イベント型メタバースのあるべき姿

さて、『進撃の巨人』ワールドワイド・アフターパーティーの成功を受けて、今後のメタバースを使ったデジタルアニメイベントはどうあるべきでしょうか。

ファンの熱量を維持するライブコンテンツ装置

まず大前提として、ライブ感と盛り上げの演出が求められます。
コンテンツが溢れている今、人々は人気のコンテンツに集まる傾向を強めています。
アニメの配信にあわせて漫画の無料配信キャンペーン・広告の出稿等で人々の気持ちや熱を高め、後続するイベント情報や限定グッズの事前情報を歩調を合わせて出し続ける。そうして高まった熱が最大化されたタイミングでイベントを開催し、ファンが求めている盛り上がるコンテンツを提供して興奮を最高潮まで引き上げ、周りに伝えたいと思わせる。興奮冷めやまぬうちにグッズやコラボ情報を出してIPにどっぷり使ってもらうために、事前に売上計画を立てて生産を進めるといった根回しをすることも重要ですし、IPのライフタイムバリューを伸ばすという意味では次へのバトンパスも設計しなければいけません。
そのために必要な機能として、当イベントでは盛り上がるメタバースの時間空間の設計熱を高め続ける運営がなされ、ブラウザからのアクセスや特別番組のチャット機能といった技術が使われています。

テクノロジーを活用してさらなるIPエンゲージメント向上を

とはいえ、今回のイベントにも改善点やさらなるファンエンゲージメント向上余地もあるかと思います。

例えばデジタルアイテムが一過性のものであること。当イベント内で購入されたデジタルアイテムは限定品とはいえ、何枚か写真を撮って終わりでした。

また、インタラクティブ性にも向上の余地があるでしょう。制作陣との交流は制作陣からは特別番組のライブや偶にのログイン、ファンからはメッセージノートの送付とライブでのコメントと非対称でしたし、グランドフィナーレの3DCGシーンでは歩き回るのみでした。

スクショとSNSシェアはOKであるものの、イベントの配信NGであることも課題でした。有料のオンラインイベントであるため、特別番組など限定コンテンツを配信されては困るという事情はわかりますが、配信もOKであればイベント非参加者にもリーチでき、より一層の盛り上げが期待できます。

また、海外からは翻訳が微妙 (原文:There's occasionally some odd formatting and grammar in the English text)と評されている事例も見かけました。

例えば、イベント内で購入したデジタルアイテムはNFT化すれば持ち出しも可能だし、NFTに紐づけた権利を設定すれば今後の熱量向上・維持施策への活用も可能です。
インタラクティブ性に関しても、(著作権・世界観などで問題は山程あれど)チャット生成AI生成AIでキャラクターや制作陣と会話できる仕掛けが技術的には可能です。さらにいえば、5GやIOWNなど次世代通信技術を用いたライブ信号・メディア信号同期の高速化でデジタルツインを用いたリアルイベント連動も可能でしょう。クラウドレンダリングも組み合わせれば美麗な3DCGとインタラクティブ性は両立できる可能性もあります。
無料イベント化して配信を許可し、マーチャンダイジングやほかコンテンツへの誘導等、他のマネタイズ手法を探るのもありかもしれません。その際、web3のトークンエコノミー・DAOといった仕組みで誰がどれだけマネタイズに寄与したかを明らかにする技術が無料イベント化を実現するピースになる可能性もあります。
翻訳もAIを用いたより自然な翻訳で、英語以外の言語にも翻訳できるかもしれません。

こういった最新テクノロジーの応用によって、よりファンが楽しめる・より制作陣がコンテンツを作ろうと思える・よりみんなでアニメを好きに慣れて盛り上がれる仕組みづくりができるのではないかと、できたらいいなと一アニメファンとして強く感じました。


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