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フットボール 観戦記

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#三笘薫

Jリーグ 観戦記|構造化の勝利|2021年YBCルヴァンカップ準々決勝 川崎F vs 浦和

 五月に訪れて以来の等々力。この場所で夏を感じることはなかった。時は過ぎ、田中碧と三笘薫は欧州へと旅立った。そして、大陸と敵地を転線しながらの戦いは川崎に傷痕を刻んだ。守備を支えたジェジエウと谷口がいない。車屋もいない。諸行無常。四カ月という時の経過が色濃くピッチへと投影される。  浦和を率いるリカルド・ロドリゲスからはサッカーへの愛が感じられる。得点を奪い、相手の攻撃を防ぐ。普遍の目的に個性が感じられる。それはビジョンと化し、そのビジョンが構造化される。ビジョンを実践する

Jリーグ 観戦記|創意工夫と王の君臨|2021年J1第14節 川崎F vs 札幌

 小塚和季。その名前に人々の耳目が集まる。大分トリニータから加入した今季。先発に名を連ねた彼は、いかなる彩りを中盤にもたらすのか。雲が支配する空。銀色の世界で映えるフロンターレブルーに眼を注ぎながら、そんな好奇心が身体を巡る。  札幌のサッカーからは思索と狙いがほとばしる。勝利への欲。そこに創意工夫が込められる。視線の先には白の背中にくっきりと浮かぶ「三十五」があった。小柏剛が鄭成龍の前に広がる広野へと幾度も走る。ディフェンスラインから繰り出される低い弾道の縦パス。その動き

Jリーグ 観戦記|天秤の揺動|2021年J1第12節 川崎F vs 名古屋

 透き通るような青ではない。しかし、世界は分厚い陽光で満ちている。ごみ収集車が川崎市歌『好きです かわさき 愛の街』を奏でる。その甲高い音色が、周囲に舞う光の粒子を照らす。そして、等々力へと向かう足取りを軽やかにする。  連なる首位攻防戦は二戦目を迎えた。始まる前から、この試合が帯びる高い熱量を感じていた。辺りには人々の期待が飛散している。しかし、スタジアムには静けさが漂い、入場者数も制限された。サッカーは開かれたものであるべきだ。しかし、世は非常の時を迎えている。熱気と静

Jリーグ 観戦記|青空が照らす|2021年J1第10節 川崎F vs 広島

 風の音が耳を触る。晴れ渡る空。その下で、生きたサッカーを体感できる。その幸せを映すかのように、空は青く輝く。  類似のアプローチ。人数を一方へと集める。そこから逆サイドへの展開。しかし、精度には開きがある。地上戦の川崎。空中戦の広島。そんな光景が繰り広げられる。  浅野はジェジエウに。ジュニオール・サントスは谷口に。田中には青山が寄せる。そんな中でも、両サイドバック、中盤、スリートップを関与させ、川崎は前線への道筋を作り出す。  スペースは個性に光を与える。後方から前

日本代表 観戦記|要所を巡る戦い|SAISON CARD CUP 2021 U-24日本 vs U-24アルゼンチン

 青く染まった味スタ。冷めた空気が肌を伝う。久保建英。三好康児。板倉滉。彼らを筆頭とした、若き才能たちがこの場に集結する。その中でも際立つ、三笘薫へと注がれる耳目。Jを席巻する彼が、世界の檜舞台へと飛び立つ一戦。相手はアルゼンチン。舞台は整った。  その期待に反し、戦いに意識を注げない。注げないのか、分断されているのか。または、その両方か。抽象的な言葉の数々が頭に浮かぶ。  試合における要所があるとすれば、アルゼンチンはそこを押さえた。しっかりと。それは場所であり、局面で

Jリーグ 観戦記|輝ける舞台|2021年J1第11節 川崎F vs C大阪

 風によって、雲は彼方へと流された。青一色の空は僕にそう語りかける。新丸子駅前の「ふく屋」で空腹を満たした。それは波踊る海が穏やかさを取り戻すように、試合へと臨む心を整えてくれる。  太陽から降り注ぐ光の中を歩く。等々力へと向かう、いつもと同じ道。しかし、歩む時ごとにその表情は変わる。一つとして同じでない、その時を僕は全身で内に取り込んだ。  スタンドで仕事をした。刻々と色が変わる空と鮮やかさを増していく芝生の緑。普段は空へと気が向かない。しかし、サッカーはその魔法で僕の

Jリーグ 観戦記|論理と創造|2020年J1第33節 川崎F vs 浦和

 紙コップにたっぷりと注がれたコーヒーを口に運んだ。その苦味が身体に広がり、血流が平らになるような錯覚を覚えた。変色するカメレオンのように、瞳を閉じて意識を空間に同化させた。カフェを後にし、塵が一つも見当たらないような単色の夜空を見上げる。凛とした空気を肺一杯に吸い込んだ。体内の細胞に潤いがもたらされる。みずみずしさを湛え、等々力へと向かう足取りも重力から解き放たれたような気がした。  今夜は一人ではない。蓮木くんと一緒だ。一年ぶりの再会。キックオフまでの三十分を使い、内に

Jリーグ 観戦記|川崎の真髄|2020年J1第29節 川崎F vs G大阪

 夕方の多摩川線。窓外には黒く輝く多摩川。丸子橋の灯が川面に映える。橙の光を受け、漆黒の川はカーテンのように揺れていた。  吸い寄せられるようにして、等々力へと導かれる。慣れた道筋。身体も心も覚えている。いつもの七番ゲート。階段を上り、スタジアムを見渡す。平和な熱狂。この空間は温もりにあふれている。適度に熱された空気。粒子の一つ一つを全身で浴び、身体の芯から感情が溶け出した。  『ポケットモンスター』の松本梨香による選手紹介。大衆に寄り添った姿勢。適度な力の抜け具合。万物

Jリーグ 観戦記|強者の問答|2020年J1第30節 川崎F vs 横浜FM

 生暖かい空気が身を包む。汗が肌に浮く。三週間ぶりのJ。待望の神奈川ダービー。時を追うごとに胸は高鳴り続ける。  太鼓が打ち鳴らされ、等々力に響き渡る。重厚な衝撃。サッカーはまた一歩、日常へと足を踏む。スターティングメンバーが記されたスマートフォンへと眼を落とす。川崎は長谷川が帰ってきた。そして、マリノスからは朴一圭が消えた。変わりゆく季節の中、そこに時の移ろいを感じる。  ドラムロール。太鼓の打撃は手拍子を呼び込む。サンバのリズムだ。試合の幕が切って落とされる。  デ

Jリーグ 観戦記|存在の証明|2020年J1第25節 川崎F vs FC東京

 青の階調。その果てには橙が瞬く。凛とした気配に身を委ねる。多摩川クラシコ。川崎と東京を分かつダービーが人々を吸い寄せる。日常への回帰。人は人とつながり、世界に熱をもたらす。  スタジアムの前には出店が並ぶ。ケバブが放つ芳香に満たされながら、七番ゲートへと進んだ。一点の曇りなき夜空の下、等々力陸上競技場が星のごとくきらめく。  水色に染められた外周。照明を反射し、照りが生まれる。エナメルを身につけたかのようだ。眼にするたび、この色への街と観客の愛が伝わる。その中で緑の舞台