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旅とはそういうものかもしれない。日常の窓を開けて、新鮮な空気で入れ替える。
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2020年12月の記事一覧

旅|太陽の街、青の世界|5

 松本バスターミナルからシャトルバスに乗り、アルウィンへと向かった。車窓に切り取られた風景はビルの群れから大地に広がる田へと姿を変える。遠くに連なる山々は堅牢な城壁を僕に連想させる。  アルウィンは青い世界に存在している。澄み渡った空気を吸い込んだ。それは真水を口にするかのように、僕の乾きを癒してくれた。透明な海があるように、透明な空気がこの地を支配している。その空気は空の色を反射する。空は青かった。今までも青空を見てきたが、そんな思いが体内を駆け巡る。  アルウィンとサ

旅|太陽の街、青の世界|4

 松本市美術館を訪れた。草間彌生が作り上げた、そこにしかない風景を切り取りたかった。大小の赤い水玉が眼に飛び込む。その前には今にも動き出しそうな花々のオブジェが鎮座する。多様な色を使いながら、それらは混ざることがない。しかし、明確な輪郭を持ちながらも、確かな調和を生み出している。  書道部の学生たちが純白の衣をまとい、館内へと駆け出していく。このオブジェだけを見て、美術館を後にしようと思っていた。それなのに、身体はここにいたいと願っている。清冽な空気に包まれた、美の熱源。僕

旅|太陽の街、青の世界|3

 松本駅の周辺を歩いた。心電図でも記録するかのように、その一歩一歩で初めて訪れた地の鼓動を全身で感じ取ろうとした。客を待つ数台のタクシー。発する赤いライトとエンジンから立ち上る湯気。それらは闇夜で獲物を狙う獰猛な獣たちを僕に想起させた。  盛り塩のように、電灯の下には雪が積もる。指先と足先に冷気が募った。しかし、押し寄せる寒気は清らかであり、含まれた水気は潤いを与える。コンクリートによって遮断されることなく頰を触る。冷たくも暖かい。旅への期待感も内包した零度の気配に僕は身を

旅|太陽の街、青の世界|2

 柏駅から常磐線に乗った。窓外の景観は時間の経過とともに、紫から黒へとその色を変える。日暮里から山手線に乗車する。隣に座った女性がコーンポタージュ缶を口に運ぶ姿が視界の隅に入った。金に染めた短髪、黒い革のジャンパー、コーンポタージュ。ゆっくりと愛でるように、彼女は缶を右手で上下動させる。コーンポタージュが熱かったせいかもしれない。その十分程度の時間は鼻の周りに広がる香りとともに、消えることのない対比として頭にこびりつく。  新宿駅の通路をくぐり、ホームへと上がった。あずさ四

旅|太陽の街、青の世界|1

 僕がこれから過ごす二日間を妻は「旅行」と呼び、僕は「遠出」と呼んだ。その二つに大きな違いはない。少なくとも僕はそう思う。明確な違いがあるとすれば、僕と妻が共有する日常との距離感だろうか。この二日間は僕が過ごす日常の延長線上にあり、妻が過ごすそれとは湖のような間が横たわる。その間が言葉に映し出された。家の玄関を開けて外界に飛び出し、一人でそんな思いを巡らせる。  地下鉄に乗って柏へと向かった。南北線。千代田線。人工的な白い光に包まれた車内。窓外には暗闇が広がる。電車に揺られ