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書評

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#今野敏

書評 #84|変幻

 『同期』シリーズを完結させる『変幻』。作品を貫く謎。臨海地区で見つかった刺殺体。その犯人と消息を絶った仲間。スピード感と臨場感あふれる展開。真相へと進める歩の丁寧さ、緻密さは今野敏らしい。外れがない。  魅力の多い作品ではあるが、疑問として浮かぶ要素がある。主人公の宇田川亮太だ。物語を前進させ、事件を解決へと導く上で欠かすことのできない存在。しかし、経験の浅い刑事ではあるが、それ以上に自信のなさ、特徴のなさが感情移入を妨げる。それはまるで強風の中を漂うたこのよう。質問を多

書評 #83|欠落

 今野敏の『同期』の系譜を継ぐ『欠落』。同期である大石陽子の誘拐事件と別の死体遺棄事件の二つによって生まれた渦に翻弄されながらも、主人公である宇田川亮太は解決の糸口を見つけ出そうと奔走する。  遅々として進まない捜査。徐々に交錯し始める二つの事件。暗闇から一筋の光を追い求めるような探究はじれったくもあり、快くもある。宇田川は未熟さを残しつつも、本質を見極めようとする意志が周囲の人々を巻き込み、真実をも手繰り寄せる。  解決へと向かう過程における、いくばくかの拍子の良さは否

書評 #79|同期

 警察の同期が懲戒免職によって姿を消した。四方八方にスパイの影がちらつく。絶えることのない緊張感が今野敏の『同期』にほとばしる。  本作は主人公でもある、宇田川亮太の成長の物語でもある。その逡巡、場数を踏むことによって得たその自信。それらは引力として作用し、読者を作品に没頭させる。しかし、それはどこまで現実的なのだろう。私見だが、宇田川の根幹を成す核のようなものが感じられず、感情移入の妨げとなった。終盤の大活躍も予定調和のように映った。  刑事としての矜持を拝んだ。そして

書評 #78|探花 隠蔽捜査9

 爽快感とともに一気に読み通した。今野敏が紡ぐ小気味良い文章は背中を押す風のようだ。その風に乗って『隠蔽捜査』シリーズの主人公である竜崎伸也が『探花 隠蔽捜査9』でも存分に個性を発揮し、事件の解決に主導的な役割を担う。  活躍もさることながら『隠蔽捜査』シリーズは竜崎の成長の物語でもある点が読者を魅了する。警視庁と神奈川県警の違い。昇進したことによって生まれた役割の違い。不器用な真面目さが印象に残るが、未知を学びと捉えて成長へとつなげる姿に真摯な人間性が垣間見える。  竜

書評 #4|清明 隠蔽捜査8

「他人から好かれるための一番の近道は、好かれようとしないことだ」  アルフレッド・アドラーの『嫌われる勇気』は未読だ。しかし、雑誌の紹介では上記のような内容が書かれていた。生きた言葉として意識し始めたのは最近だが、この言葉の周辺で思い出される記憶も多い。  学生時代や社会人になったばかりの僕は周囲の人間から好かれることを最優先に考えていた。そして、その思いと本心の間で苦しみ、余分な荷を自分自身に背負わせていた。現在でもその傾向は変わらないように思う。人間の本質はそう簡単に