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書評

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2023年3月の記事一覧

書評 #68|ONE LIFE ミーガン・ラピノー自伝

 アメリカの女子サッカー選手、ミーガン・ラピノーの物語。本作を手に取る前から、卓越した技術とそれに勝るとも劣らない人としての存在感が印象に残っていた。  ピッチ上はもちろんのこと、同性愛者として、社会における少数派の権利を守るために彼女は生きる。それはまさに戦いだ。ラピノーは公平であることを重んじている。とてもシンプルな論理。強烈な反骨精神と勝利への執着を紡がれた文字の一つ一つに感じた。冒頭で触れた人としての存在感は意志の強さと同義であろう。  そんな彼女をして、同性愛者

書評 #67|戦争をやめた人たち -1914年のクリスマス休戦-

 人間の内にある善意に光を当てる。形は一つではないが、戦争を構成する人々の大半は無名の人々によって行われ、その結果は歯車が狂ったかのような悲劇でしかないことを実感する。  そんな狂気に歌が息吹を流し、サッカーが戦う者たちの心をつないだ。ソフトパワーの力を再認識し、人それぞれではあるが、大切な何かを見出すことができるのではないだろうか。

書評 #66|フットボール代表プレースタイル図鑑

 同じ人間がプレーしながらも、各国による違いが浮かび上がる。もちろん、個人の技量にも影響を受ける面は大きい。しかし、それ以前に各国固有のサッカー文化の成り立ちや歴史に触れ、マクロとミクロの視点で語られる考察は読者の興味を離してやまない。 「プレースタイルは勝つための合理性と国民的な嗜好性から成り立っている」  この言語化は霧が晴れたようにすがすがしい。規律の自由の間で揺れるドイツ。国の衰退と合わせて堅守速攻の特徴を作り上げたウルグアイ。「ハードワークと速度感」「素早い

書評 #65|ヒポクラテスの試練

 短編であった『ヒポクラテス』シリーズは長編小説へと進化した。短編小説の魅力でもある小気味良さをそのままに。  条虫であるエキノコックスが『ヒポクラテスの試練』を通じて猛威を振るう。始まりの場所を求めて、主人公の栂野真琴は海をも渡る。  真相を探る過程は解剖のそれと重なる。光崎藤次郎の類い稀なる解剖の腕。その技術は素晴らしいが、真実を求める熱意とプロフェッショナリズムを抜きにして語ることはできない。栂野真琴にもその意志が宿り、日を追うごとに増していることを感じさせる。

書評 #64|ヒポクラテスの憂鬱

 劇的な変化ではない。しかし、それは物語に大きく、前向きな影響を及ぼす。『ヒポクラテスの憂鬱』は前作の『ヒポクラテスの誓い』から確かな上積みがある。作品に強固な筋を通しているのが「コレクター」の存在だ。県下で起きる自然死や事故死に陰謀が秘められていることを示唆する存在。緊張。猜疑心。不安。その答えを求めるかのごとく、指は先のページへと伸び続ける。  結末に大きな驚きはない。しかし、短編集でありながらも、一章ごとにすべてがつながっている。 「いつもいつも有るものを見ようと