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書評

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2022年3月の記事一覧

書評 #56|ディエゴを探して

 マラドーナではなく、ディエゴを探す旅。マラドーナは僕にとって神話に近い。驚異的なプレーと同時に、数々の不祥事や奇行によって浮世離れした存在としての印象が色濃い。しかし、本書を読み終え、マラドーナとは異なる「ディエゴ」の存在を初めて知った。マラドーナのルーツであるディエゴ。そのルーツを忘れなかったマラドーナ。だからこそ、この世を去ってもマラドーナはマラドーナとして人々の記憶に生き続けるのだろう。  本書に記された多くの詩的な表現に胸は高鳴る。ディエゴのプレーは「魔法」と形容

書評 #55|蹴日本紀行 47都道府県 フットボールのある風景

 宇都宮徹壱による、四十七都道府県のサッカーにまつわるエグゼクティブサマリー。歴史の要点も丁寧に網羅されている。  筆跡は淡々とし、時に自虐的でもある。しかし、そこには日本列島を踏破した、思いや感情、喜怒哀楽が込められている。山の上から、森の奥まで。比喩ではあるが、時に郷愁さえも感じさせる力がある。それが読者の肌によく馴染む。  筆者は車の運転が大の苦手と言う。しかし、運転しないからこそ、見える風景があり、訪れる出会いがある。取材には数多くの形が存在するだろう。しかし、取

書評 #54|旅する練習

 その文体は軽やかであり、描かれる風景は美しい。心も、眼に映る景色も。  乗代雄介の『旅する練習』はストイックな物語だ。歩く。書く。蹴る。練習の旅は自己を見つめる旅でもある。好きなものがあれば、歩む道は旅となる。風景も色を帯びていく。重ねる一歩に人生が映る。揺らぐ気持ちが強固な意志へと研磨されていくような感覚を覚えた。  ジーコが説いた「忍耐と記憶」。「本当に大切なこと」を見つける尊さと厳しさがこの言葉に凝縮している。書き記された難解な漢字の数々は世界に未知が数多く残され

書評 #53|看守眼

 風景や色、視界や感覚が反転するような感覚を覚える。横山秀夫の『看守眼』の中でも、その波は押し寄せる。言葉は淡々と積み重なる。無駄なく、シャープに。そして、クライマックスで明かされる真実は大波のごとく、読者の想像を軽々と超えていく。  短編作品のどれもが重厚だ。それは個人の生き様を確認するからに他ならない。謎を追い求める冒険。描かれるディテールの数々に筆者の創造力と多くの言葉を抱える懐の深さを感じる。