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書評

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2021年1月の記事一覧

書評 #22|阪急電車

 有川浩の『阪急電車』はカフェにいるような感覚を僕にもたらす。店内の明るさ、周囲のざわめき、人と人との距離感。その空間はすべてが適切に保たれている。心は浮き立ち、同時に安らぐ。そんな流れが、本作を包む。  阪急今津線を舞台に登場人物たちが出会い、交差し、そこにしかない物語を紡いでいく。ライトノベルの明確な定義を僕は知らない。しかし、有川浩の作品には触れたくなるような温もりがある。  すべての壁を取り払い、登場人物たちの内なる声と筆者の思いが言葉の端々に感じられる。描かれる

書評 #21|舟を編む

 三浦しをんの『舟を編む』は美しい物語だ。登場人物たちの個性が輝き、成長を遂げていく。その成長は漢字や日本語が持つ美しさを引き出し、読者を作品に引き込んでいく。真剣に、ユーモラスに。地味に思われるであろう、辞書作りに眩い光を当てる。  新しく刊行される辞書『大渡海』の編纂を軸に物語は展開される。その作業は名の通り、宇宙のように広く、深い海を渡る大航海と表現できる。  その旅を通じて、登場人物たちは人間としての深みを増し、自らの可能性を広げていく。対人コミュニケーションに難

書評 #20|女のいない男たち

 村上春樹の『女のいない男たち』を読みながら、「女のいない」という状況が何を意味するか考えた。六つの短編小説を読み終え、僕は「感情の揺り動かされた」状態と解釈した。  本作は感情の「振れ幅」の物語である。登場する男たちに似た特徴はない。しかし、精神の奥深くでつながっているような感覚を覚える。男たちは内にある感情を演技で隠し、違う自分になろうとし、場合によっては制御できない感情の渦に飲み込まれる。自我と世界との間に位置する女性たち。彼らは女性たちを通じて、世界と結びつく。