マガジンのカバー画像

書評

97
運営しているクリエイター

2020年11月の記事一覧

書評 #15|ユートロニカのこちら側

 スマートフォンから離れると、不便さと同時に解放された感覚を覚える。世界中の人々をつなぐ糸。止めどなく押し寄せる情報の波。人はスマートフォンを操作するのではなく、スマートフォンと同化した。データ化された人格。データ化は均一化を生み、個性の喪失へとつながる。  小川哲の『ユートロニカのこちら側』を読みながら、ジョージ・オーウェルの『1984年』、オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』、『ガタカ』や『マイノリティ・リポート』といった作品が頭に浮かぶ。細部の記憶はあやふやだ。

書評 #14|嘘と正典

 無限に広がる可能性。それを形成する感情や事象。「広がり」に対して方程式を立て、全容の細部を可視化する。小川哲の『嘘と正典』は感性と理性の洪水を読者に浴びせる。  著者は想像を創造する力に長けている。その力を使い、歴史の裏側に光を当てる。収められた『嘘と正典』ではタイムトラベルを使い、フリードリヒ・エンゲルスの無罪放免と共産主義の誕生をつなげた。  夢幻のようであるが、描かれる科学的な描写の数々によって、とても理知的な印象をもたらす。単純に夢を夢として語るのではなく、構成

書評 #13|下町ロケット ヤタガラス

 仕事の意義。誰のために。何のために。『下町ロケット ヤタガラス』は読者にそれを語り続ける。この後の文中では作品の核心や結末が示唆されているため、気になる読者は読むのを避けてもらいたい。  作品の軸として据えられた大企業と中小企業の対立。巧みなプロモーションにより、流れは終始中小企業側に傾く。しかし、その背景には過去に対する復讐がある。言い換えれば、復讐は自分のため。世のため、人のためを標榜する佃製作所の理念とは真逆だ。芯の脆弱な仕事は崩壊に至り、終盤の大逆転劇へと帰結する