モノローグ台本『田中さんのメタモルフォーゼ』
『田中さんのメタモルフォーゼ』
作:渋谷悠
(男、別れた女と会っている)
まず、認めるところから始めたい。
俺は、まぎれもなく、れっきとした、クソ野郎だった。
「クソ野郎」と辞書で引いたら俺の名前が載ってるべきだし、「クソ野郎」と画像検索したら俺のマヌケヅラが画面を埋め尽くすべきだ。クソ野郎の代表を処刑することで世の中の不平等がなくなるってんなら、人類は俺を選ぶべきだ。いや挙手、この際挙手。自ら行かせて頂きます。
人類も何も、お前が選んでくれるよな。クソ野郎代表はこの人ですって。言うなれば、天動説をひっくり返した地動説があって、地動説をひっくり返す俺動説があった。全ての生命と事象が俺を中心に回ってんだから、子供が欲しいとか言うお前の言葉はトップクラスのナンセンスだった。
子供、それはノイズ。子供、それは笑顔の押し売り。
常に動き、泣き声笑い声叫び声、音という音を常に垂れ流し、糞尿を撒き散らし、自ら散らかしたおもちゃにつまづき、角という角に頭をぶつける。危ないからと片付けをしても、目を離した隙に元通りになっている。タイムスリップだ、奴らは時間を戻してくる。そして時間を戻されているうちに時間が過ぎる。これもタイムスリップだ。いつの間にか未来にいる。
しかーし!問題は現在だ。現在の俺は何がどう違うのか?
(女の顔を見て)わ、1ミリも気になってない。別れてから3年と言えど、一応来てくれてんだから多少は興味あんだろ?週刊漫画の最後の方に押しやられてる作品の続きよりは気になるだろ?
えーワタクシ、変身しました。あの朝起きるとでっかい虫になってる有名な話の如く。いや読んだことはない。なんだっけ、お布団フカフカみたいな名前のやつが書いたよな。あれの逆だよ。クソみたいな虫だった俺が、突如、人間に変身。
えー、鼻で笑ってくださりありがとうございます。
そう、あれはこの間のお正月。実家に帰ったところ、兄貴が子供を連れてきてて、よりによってこの俺が小一時間面倒を見るハメになった。今世紀最大のミスキャスト。幸い俺の母親が子供向けのテレビ番組をいくつか録画してたんで、あの電車の先頭にギョロ目の顔はっつけたアニメ、そうそうそれ、みんな同じに見えるやつ、あれを流したわけさ。
で、俺スマホいじってたから筋は分かんないんだけど、その子が来てさ、怖いから一緒に見てくれって言うんだよ。トンネルの中から呻き声が聞こえるシーンで、こう俺んところに来て「おじちゃん、一緒に見よう」って言うんだよ。
キュンキュンですよ。もうね、キュンキュンです。
俺こんな感じでさ、ウェルカムなポーズじゃなかったはずなのに、上手い具合に膝の上に座ってきて…体のどこかをくっつけたかったんだと思う。
えー、キュンキュンです。
見終わったその時、更なる事件が俺を襲う。満足した甥っ子がふと「おじちゃん、優しさってなあに?」と聞いてきた。うおおお、ピュア過ぎる!そしてトーマスと関係なさ過ぎる!子供特有の脈絡のなさ!キラキラしたお目目!
質問の重力に押しつぶされながら、これは試験だと気づいた。俺の人生全てを持ってして「優しさとは何か」を定義するタイミングが訪れたんだと。ほんの数秒の間に全身全霊でもがき、俺は答えた。
「酷いことをされても、受け止めてあげることだよ」
それを言った瞬間、お前の顔が浮かんだ。
すると次の言葉は簡単に出てきた。
「そして相手が最も弱っている時に、信じてあげることだよ」
…質問の答えは、お前だった。
優しさが何なのかを教えようとした時、俺はお前の行動を説明していた。天動説でも地動説でも勿論俺動説でもなくて、全てはお前の優しさで回っていたんだ。
まだ、間に合うなら、子供が欲しいと言ってくれ。
使用許可について
使用許可&上演料不要のモノローグを公開中!
日本の演劇界・映画界にモノローグを広めるというビジョンのもと、渋谷悠のモノローグを40本以上無料で公開しています。
劇作家・映画監督:渋谷悠とは?
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?