モノローグ台本『穴』
『穴』本文
作:渋谷悠
わたしは、穴を見つけた。
わたしは、ある日、穴を見つけた。
その穴は、わたしの服にあったかも知れないし、
わたしの身体の、どこかにあったかも知れないし、
わたしの魂に、あったかも知れない。
穴があっては、困る。
場所によっては、更に困る。
服にあったのならば、その下が見えてしまう。
身体にあったのならば、血が流れてしまう。
魂にあったのならば、汚れた空気が入ってしまう。
道にあったのならば、誰かが落ちてしまう。
壁にあったのならば、反対側を覗けてしまう。
空にあったのならば、神様のプライバシーを侵害してしまう。
言葉にあったのならば、深呼吸しか出来なくなる。
(深呼吸をする。)
だから、わたしは、穴を見つけた次の日、
穴を、切り抜くことにした。
穴を見つけた次の日、ハサミを用意して、
穴を、切り抜くことにした。
ハサミが出す声を、誰が最初に「ちょきちょき」と言ったのだろう?
あの「ちょきちょき」という音を、
誰が最初に「ちょきちょき」と言ったのだろう?
わたしは、穴をちょきちょき切り抜いた。
すると、穴が大きくなった。
驚いた。困った。焦った。
わたしは、自分を信じて、もう一度、穴を切り抜いた。
更に、穴が大きくなった。
うすうす、そうなるかも知れないとは思った。
うすうす、同じ過ちを繰り返している気はしていた。
うすうす、同じ過ちを繰り返したがっている自分がいた。
驚きが去り、困りが去り、焦りが去った。
全てが去ってしまうと、繰り返し放題だった。
わたしは、寝る間も惜しんで、穴を切り抜いた。
ちょっとずつ大きくなる穴の成長ぶりに感心し、
ちょっとずつ大きくなる穴の図々しさにほだされ、
ちょっとずつ大きくなる穴の包容力に身を任せたくなった。
穴は、とてつもなく大きくなれば、最早穴ではなくなる。
穴は、とてつもなく大きくなれば、いつか地平線になる。
(深呼吸をする。)
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