モノローグ台本『逸郎さん』
『逸郎さん』本文
作:渋谷悠 原案:石橋大将
25歳。お父さんが死んだ。
弟は仕事で間に合わなかった。最後に手を握ったら嬉しそうにしていた。
お父さん、あなたはあなたなりに、精一杯やってくれたんだと思う。
24歳。逸郎さんのことを「お父さん」と呼んでみた。
逸郎さんは「うん」と言って目を閉じた。
23歳。逸郎さんが血を吐いた。胃癌だった。余命を宣告された逸郎さんは僕に「お父さんと呼んでもいいよ」と言った。
僕が黙っていると「お父さんと呼んでくれ」と言い直した。
22歳。
21歳。お酒を飲み過ぎて知らない人を殴ってしまった。悪いことをしたとはこれっぽっちも思わなかった。逸郎さんは怒ってくれなかった。
20歳。パパとは血が繫がっていないことを知らされた。僕がハタチになったら言おうと思っていたらしい。僕の本当のパパは暴力を振るう人で、背中のアザは生まれつきなんかじゃなかった。色々と納得がいった。
パパのことは「逸郎さん」と呼ぶことにした。
19歳。
18歳。行きたい大学に受かった。でもパパは弟を大学に行かせたいから学費は自分で何とかしろと言った。あいつの方が成績優秀だから仕方ないかな。
17歳。なんだか家にいづらいな。16歳。パパがお母さんを怒鳴る。僕は大声を聞くと体が固まってしまう。15歳。お母さんが僕を申し訳なさそうに見ていることがある。14歳。僕、何かしたのかなぁ。
13歳。弟が塾に通い始めた。僕は何も聞かれなかった。
行きたくなかったからラッキーだと思った。
12歳。11歳。
10歳。誕生日やクリスマスになると、パパはお金をくれる。弟にはプレゼント。僕はお兄ちゃんだから特別扱いしてくれてるんだと思う。おんなじにしたくて、パパには内緒でお弟にお金を分けてあげた。
9歳。「お父さん」って呼ぼうとしたら、今まで通りパパと呼びなさいって言われた。弟はパパのことをお父さんって呼ぶのに、何でだろう?
8歳。7歳。
6歳。背中にアザがあるよって学校の友達が教えてくれた。
ママに聞いたら生まれた時からあったものだと教えてくれた。
2人で「あかまるちゃん」って名前を付けた。
5歳。
4歳。僕に弟が出来た。良いお兄ちゃんになるんだ。
3歳。おうちが変わったような気がする。ママが泣かなくなった。
パパも人が変わったように穏やかになった。
2歳。いつも大きな声を出している男の人がいる。
いつも泣いている女の人が僕をその人から守ってくれている。
1歳。
0歳。誰かと誰かが愛し合って、僕が生まれた。
きっと、親になったばかりの2人は、まだ泣くことしか知らない僕の未来について、果てしない希望の言葉を交わしたに違いない。
使用許可について
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劇作家・映画監督:渋谷悠とは?
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