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モノローグ台本『強制朗読事件』

『強制朗読事件』本文

作:渋谷悠  原案:山本尚志

(ユーチューバーの女が、パソコンの前で収録をしている(あるいは動画を撮影して映写しても良い)。女は喪服を着ている。)
ヤバイヤバイヤバイ。ヤバイことが起きた。
(自己紹介から始めることを思い出し)あ、まなぽんです、チョリッス…とかやってる場合じゃないくらいヤバイことが起きたから緊急配信します。
題して、んん、強制朗読事件。
ハードル上げ過ぎたかな…ちょい下げで。

前回皆さんに相談したじゃないですか、元彼マサシのお葬式に行くべきか否か。でまあ体感、コメントの8割はまなぽん止めとけって言ってくれたんだけど、だから家出るギリまで悩んだんだけど…(「行ってきた」という意味で喪服をつまむ)
そりゃ別れ際(指で小ささを表し)こんくらいの修羅場もあったさ。でもいっときは人生で一番大事な人だったわけだから、勇気とか?諸々振り絞れるもの振り絞って行ってきました。
そしたらソッコーで早苗に見つかった。
あ、元彼の母親ね。これ重要キャラ。ラスボス。

こっちはなんつの、出来れば顔合わせずに、ステルスな感じでご焼香ちゃっちゃ投下して戦線離脱したいわけよ。でも早苗と目が合っちゃって、マジ最悪と思いながらもこう会釈したのね、あたしも悲しいですよってのを眉間で演出しながら。
そしたらもうなんか「よくも来れたわね!」とか怒鳴られて「あんたのせいよ!この人殺し!」とかギャーギャー非難轟々。その短時間で「淫売」って3回も言われてさ…なかなか日常会話にランクインしなくない?って葬式は日常じゃないか、葬儀屋さんならともかく。
大体、フッたのあたしだけど浮気したのマサシだからね。

言葉でフルボッコにされてピヨってるあたしに読めって早苗が突きつけてきたのが、マサシの遺書。怖いから受け取っちゃって、目を通そうとしたら、そうじゃなくて声に出して読めって言うの早苗が。…は?遺書の朗読フィーチャリングあたし?なくないですか?
うろたえてる間に何となく親族に囲まれて、もうここを切り抜けるには言う通りにするしかない感じなの。今思えば走って逃げれば良かっただけの話なんだけど、体が動かないんだよね。
異変に気付いたお坊さんは良いタイミングでお経フェードアウトさせてくるし。おいそこのトラディショナル・スキンヘッドお膳立てやめろ、そんなパスいらねえ。周りは100パー聞く雰囲気になってるし、もうね、結託した世界バーサスあたし。読むしかなかった。

これがまた長いんだ。3ページ。遺書にしては短いのかも知んないけど、喪服のギャラリーを前に朗読する量としては果てしなかった。
内容がまたさぁ、あたしのことをどれだけ好きだったかみたいなクソどうでもいい話なんだけど、その時は生き抜く為に必死。一字一句間違えないように必死。
やっと2ページ目読み終えて3ページ目行ったらこれが最後の行までビッシリなんだわ。マサシの野郎何してくれとんねん。
緊張で喉はカラッカラ。焦らないように、間違えないように、とにかくペースを崩さず丁寧に読めばいつかは終わる。そうやってようやく最後の1行に辿り着いたらね、出ました、読めない漢字。
やべえ。読めねえ。早苗に殺される。でも為す術ねえ。

(書いてパソコンのカメラに見せながら)皆さん口偏に耳3つでなんて読むか知ってます?…答えは「ささやく」なんだけど、まあ知らないわけですよ。
で、遺書の締めくくりは「ここに俺の愛を囁く」だったのね。でも咄嗟に「うごめく」だと思っちゃって「ここに俺の愛をうごめく」って言ったら、間髪入れずに早苗が「囁くよ!」って怒鳴ってきたの。囁く、を怒鳴るっていうね。
これ囁くに見えないでしょ。大体どこに耳が3つも付いてる人間がいるよ?3つ目の耳はどこよ?あったら何が聞こえてくんだよ?

でも待って。これ今話してて気付いたけど待って待って、普通こんなことさせないよね。この強制朗読事件勃発までは、あたしのせいかなって少しは思ってたけど違うねこれ。
こんなことさせる人間の元で育ったことが原因だよ、死因だよ。あたしも死にたいって思ったもん。これあたしの葬式かよって。
おぉ、妙なルートでマサシの気持ちが分かっちゃったな。

あたし、悪くないよね?
「まなぽんは悪くないよ」ってコメント沢山欲しいです。
あ、そう囁くあいつの声が聞こえるかもしれないね、3つ目の耳をすませば。ウケるー。 

使用許可について

・公演、ワークショップのテキスト、YouTube動画など、ご自由にお使いください。許可申請・上演料・使用料は不要です。
・その際、作:渋谷悠のクレジットを明記してください。
・あわせてモノローグ集『穴』のURLをご紹介頂ければ幸いです。
https://www.amazon.co.jp/dp/4846017575

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日本の演劇界・映画界にモノローグを広めるというビジョンのもと、渋谷悠のモノローグを40本以上無料で公開しています。

劇作家・映画監督:渋谷悠とは?

1979年生/東京都出身。バイリンガル。
劇作家・舞台演出家・映画監督。ナレーション、スクリプトドクター、脚本執筆指導や演技指導の講師としても活動する。
第66回ベネチア国際映画祭入選。第46回国際エミー賞ノミネート。2020年度NHKサンダンス・インスティテュートフェロー。
39本の一人芝居が収録された著書モノローグ集『穴』を軸にセミナーや生配信番組を主宰するなど、日本の演劇界・映画界にモノローグを広める活動にも従事している。

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