モノローグ台本『透明人間ナルシスト』
『透明人間ナルシスト』
作:渋谷悠 原案:京サリ
あるナルシストが透明人間になった。
全人類に愛されるためには、陰りのない純真無垢な存在でなくてはならない。
理想の自分を追求していたら、陰りがなくなり過ぎて、
純真無垢を通り越して透明になっていた。
死んだ時は自分のことを記憶から消してほしいと格好をつけていたら、
まだ生きているうちに視界から消えてしまった。
ひっそりいなくなりたいと吹聴していたら、あっさりいなくなってしまった。
もう2度と自分の姿を見られない。気が狂いそうだ。
透明な目を閉じて、透明な涙を流した。すると、
透明な瞼の裏に、愛する人の姿が浮かんでいるではないか。
そう、彼はナルシスト。
反射という反射を鏡代わりにしてきた彼の脳裏には、
自分の姿が鮮明に焼き付いていたのだ。
透明人間は持ち直した。そしてこの悲劇を乗り越えた己のタフさに感嘆した。
運命を受け入れた彼はいいことをしようとした。神様の気分になった。
しかしどれだけいいことをしても、気づいてはもらえない。
試しに悪いことをしようとした。今度は悪魔の気分になった。
これも気付いてもらえず、なるほど、神様も悪魔も孤独なのだと悟った。
世界は彼らの孤独な綱引きで保たれているかも知れなかった。
孤独は大して、別に、それほど、そこまで、悪くはなかった。
透明になると、ナルシストなりの苦労から解放されたのだ。
天才と呼ばれたくて仕方がなかった欲求の消滅…悪くはない。
自分の名前という重圧からの救済…悪くはない。
エベレストよりも高いプライドの蒸発…悪くはない。
しかし、悪くはないと自分に言い聞かせる日々は、思わぬ形で終焉を迎えた。
彼を支える愛しい人の姿が、脳裏から薄れ、やがて消えてしまったのだ。
あってはならない!こんなこと、あってはならない!
それから発狂までは速かった。
そもそも彼の自己肯定感はピアノの一番左の鍵盤よりもずっと低かった。
透明人間は、自分を見ろ!と街中で叫び続けた。
最初はニュースに取り上げられ、野次馬にチヤホヤされたが、
エンターテイメントに事欠かないこの時代、あっという間に飽きられてしまった。
叫び声はやがて歌に変わっていった。繰り返せば大体のことは歌になる。
歌い続けていたら声が枯れてしまったが、彼は歌うことをやめなかった。
歌まで透明になった、と言えなくもない。
誰もいないはずなのに、ふと、虚空を見つめてしまうことがないだろうか?
あなたはその透明な歌に耳を傾けているのだ。
使用許可について
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