モノローグ台本『点繋ぎ』
『点繫ぎ』本文
作:渋谷悠
(観客に背を向けたキャンバスのようなものがある。鏡やガラスでも良いし、何も無くても成立するかも知れない。そこに、スーツ姿の男が入ってくる。)
どうぞ、こちらへ。お待ちしていましたよ。
…はい、お客様のはこちらでございます。どうぞご覧になってください。
(男、キャンバスの内容に困惑する客を見ている。)
どれも…一つ一つは大したことありません。
あなたも、頭では取るに足らないことだと理解されているはずです。
しかし、何の前触れもなくこれらを思い出してしまった瞬間は、ヒヤッと、まるで自分の過去に脅かされたような、クシャッと、まるで魂を誰かに摑まれたような、そんな感覚になるそうですねぇ。
酷い時は体が反応し、こう、少しうずくまり「ごめんなさい、ごめんなさい」と、誰に対してでもなく、謝ってしまうことさえある。
私共は便宜上これらを「汚点」と呼んでいます。
私共からすれば、その呼び名はいささか過剰反応とでも言いましょうか…。
本来、どれも主張の強い思い出にすぎません。
(客が、汚点の1つを指す。)
あーそれはですね、お客様が大学生の頃、あるパーティーで踊った時の…ええ、そうですそうです、踊るのが初めてで、それがバレないように見よう見まねで頑張ってらした。それを見た近くの女性が「ひゅー」とあなたを煽り、幾分調子に乗ってしまったあなたは、片手を床に着けて腰を振ったり、回転しようとしたり…。周りは、あなたが苦しくてのたうち回ってるのかと勘違いをし、踊るのを止めてしまった。
(客の顔を見てから)今となってはお客様もお分かりでしょう?
そこにいた全員、リズムに合わせて踊っていたのではなく、格好をつけたい、恥をかきたくない、そういった切迫感にむしろ踊らされていたということを。
(客が、別の汚点を指す。)
はい、そちらはですね、お客様が中学生の頃、スケートボードが流行りまして、サイズの合わない服を着るのが一種のステータスとなり…はい、この汚点も結構頻繁に思い出されてますね。
ええ、ですので少し大きめなんです。
髪を伸ばし、その格好が多少馴染んできた頃、あなたを見てた女子高生グループの前で、勢い良く前髪をどかしましたね。(クイッと顔を上げて)こんなふうに。勿論彼女たちは「なにあれ?」という具合に笑いました。
(客、汚点の内容を次々と尋ねてくる。)
それは好きでもない子にプレゼントをして勘違いをさせた時ですね。
そちらは、花束を渡したら目の前で捨てられた時ですね。
えーそれは、気になっている女性をアバズレと呼んだ夜ですね。
(客の様子に気付いて)ああ、お客様、どうかガッカリされないでください。少し離れたところから、この汚点の地図を見てやってください。
仮に、汚点が全く無かったとしましょう。
これが真っ白だったとしましょう。
すると、あなたはまるで存在しなかったも同然ではありませんか?
小さい頃、点繫ぎという物がありましたね。
紙の上の点を繫いでいくと何かの絵が完成する。子供に向けた物ですので、まあゾウさんだとか、滑り台だとか、飛行機だとか。
私がよく思うのは、汚点も繫いでいくと何かの絵になるのではないかということです。どれも、線を引く為の、道しるべなのではないか…。
そう思うとあら不思議、点が足りなくなってくる。
これに収まるぐらいじゃまだまだ、まだまだなんですよ。
きっともっと、大きな絵なんです。
見えてきませんか?
……どんな絵であって欲しいですか?
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