モノローグ台本『どちらとも言えない』
『どちらとも言えない』本文
世界は、基本的に、
A:優しさに満ち溢れている。
B:どこをどう切り取っても残酷である。
C:どちらとも言えない。
男女の友情は存在しますか?
A:存在する。
B:そんなものは人面犬と同じく都市伝説だ。
C:どちらとも言えない。
男は、アンケートに答えるのが好きだった。
とりわけ、難しいアンケート、答えに詰まるようなものが好きだった。
嘘は必要悪ですか?
A:確かに嘘が人を守るケースはある。
B:いかなる理由があっても、嘘はいけません。
C:どちらとも言えない。
男は、理論と感情の両輪を動かし、想像力を脳の神経の末端まで行き渡らせ、いずれの可能性も検討するが、毎回必ず「C:どちらとも言えない」を選んだ。
なぜなら男は、その人生において、本当の意味で何かを選んだことが、ただの一度もなかったからだ。
頑張らずに受かったそこそこの大学は、ろくに出席もしないまま、親に退学を頼まれるまで留年し続けた。
なんとなく住み始めたアパートは、引っ越す理由がないから今も住んでいる。
たまに他人と外食をする際、何系がいいかと聞かれても、上手いこと質問を振り返した。
何かを選ぶことの連続である恋愛は、来るもの拒まず去るもの追わず、完璧と言って良いほど受け身に徹した。それはおそらく、恋愛ではなかった。
出来なかったことを出来るようになるのが「成長」なのであれば、成長を避けてきた。
言ってしまえば、男は死ぬ理由がないから生きているだけだった。
アンケートくらい何かを選べば良さそうなものだが、選ばないことはもはや男のポリシーになっていた。まるで、なんとなく袖を通した服が全身に貼りつき、いつしか皮膚になってしまったかのように。
「選ばない」という結果は変わらない。
しかしそこに至るまでの僅かな時間、アンケートは男を揺さぶってくれた。
「神と悪魔がいるとしたら、どっちが面白いジョークを言えそうですか?」
「このボタンを押すと8割の確率で人生が良くなり、2割の確率で悪くなるとしたら、あなたはボタンを押しますか?」
どちらだろう?…亀裂が入る。
悩んでいる間、男が自分にかけた黒い催眠術に亀裂が入る。
未開の地の、明かりが一灯もない、光る虫すらいない夜の、最も深い闇に、亀裂が入る。
感じることを放棄し、信じることを忘れ、願うことを嘲笑う男の無意識が「そっち」と「こっち」に分かれる。
その亀裂は、蜘蛛の糸より細いかも知れなかったが、その瞬間だけは、漆黒の海が割れたような気がした。海底に蠢く、名前のない怪物がむき出しになる。怪物は怯えているようだ。…しかし亀裂はすぐに消える。それは瞬きより短いかも知れなかったが、そして、あったことを疑ってしまうほど元通りになるかも知れなかったが、その瞬間だけは、息を吸うことが出来た。
その呼吸で得た力を使い、男は「どちらとも言えない」と答える。
こうしてまた、闇に闇が重ねられ、闇が闇に埋もれていく。
目を開けていても、閉じていても、差が分からない。
ひたすら、ひたすら、無音。
「男は、その人生の最後で、自分になんて言うと思いますか?」
A:よくぞ最後まで逃げて逃げて逃げ切った。偉い!
B:一度くらい、何かを真剣に選ぶべきだった。恥ずかしい!
C:どちらとも言えない。
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