モノローグ台本『ヒモ理論』
『ヒモ理論』本文
作:渋谷悠 原案:高嶋みあり
(乾き物を持った男、登場。)
ねえフミコさん、ビール切らしてるよ。
今日お祝い気分だから飲みたかったのに…。
お金のかかることはフミコさんの担当でしょ?
うん、お客さんがね、お墓のデザインを気に入ってくれてね。
ほら、クラシック好きの旦那さんが亡くなっちゃったっていう。
じわじわディテールを引き出してくと、生前、グランドピアノを置きたがってたんだって、自宅に。まあスペースの問題で諦めたらしいんだけどね。
これ聞いちゃったらもう、ピアノ型の墓石しかないでしょ。
だから上蓮華、下蓮華をこの際無しにして、竿石をグランドピアノの屋根の形、こういうカーブのあるじゃない?にカットして、水鉢の奥の石を鍵盤にしたんだ。表面を細かく削ってね。
やってくれる人見つかるまで何軒も石材店回ってさぁ。
で選んだ石なんだけど、ピアノだから黒にしたんだけど、水をかけると色の深みが増す石をチョイスしたのね。残された家族がお墓参りに行って、こう水をかけた時に黒く艶を帯びてピアノが完成するっていうかさ。
奥さん泣いて喜んでたよ。墓デザイナー冥利に尽きるね。
ビール買いに行ってくるけどなんかいる?
おっけ、じゃあお金ちょうだい。
だってギャラがまだだから。
ギャラが入ったら温泉でもどこでも連れてってあげるから。
(フミコ、男の荷物をまとめ始める。)
わわわわわ。なんで僕の荷造りしてんの?温泉は今じゃないよ?
ちょちょちょ、出て行けるわけないでしょ?
だって僕ストリングだよ、ストリング。あほら、英語でヒモって意味ね。
そりゃダメ男だよ、誰がどう見たって。
開き直ってるさ、なんなら最初から。
フミコさんだってそりゃ立派なダメ女だよ、何年もこんなの飼い続けてんだから。何を隠そう、同類。
それどころか、いつか僕が変わるかも知れないって自分に噓をついてる分だけ重症。変わらないよ。不変。ステディ。超安定だよ、収入以外は。
わ、お墓なんてとか言っちゃう?
フミコさん座って。座って。いいから座る。
人間に魂があったとする。分かんないよ、でも人間の歴史、宗教、営みを見てると「あるんじゃないか」って前提が散らばってる。
死後の世界が、本当の本当に、あったらどうすんの?
死後の世界があって、そこで住む場所がお墓かどうかそりゃ分かんないよ。
でも万が一お墓の周辺ウロウロするのがルールだったらどうすんの?
そうなるとはいこれ、ただの石じゃないでしょ、もう家でしょ。
そうなるとはいこれ、見た目大事になってくるでしょ。
墓デザイナー、手放さない方がいいでしょ。
僕嫌だな、死んでからもフミコさんに怒られて、僕がヘリクツ並べてその場をしのぐみたいなの。言葉の賽の河原じゃん。
(意味を確認されるので)え?そりゃだって、フミコさんは、現世だけじゃなくて、死んでからも一緒にいたい人だから…。
あ、キュンキュンしちゃってるでしょ。
じゃあ…お金ちょうだい?
(もらって)あざーす。あの世で返しまーす。
(男、行きかけて振り向く。)
もうお墓なんてとか言わないでね。
お墓って、あるのか無いのかどうなってるのか誰も知らないところに、誰かが先に行ったっていう勇気の証だからさ。
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