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モノローグ台本『幻聴』

『幻聴』本文

作:渋谷悠

(男、心療内科に来ている。)
どうも私は、自分で調べないと気が済まないタチでして…。
お医者さんからすると、私なんかが空いた時間に調べたくらいじゃ、ネットのにわか知識と言いますかね、見当違いな自己診断をして、かえってご迷惑をおかけするであろうことは、重々承知しております、はい。
……ええ。症状は主に幻聴です。

これも色々あるみたいですねぇ。私はパソコンを打つのがどうにも苦手でして、未だに小さい「っ」ですとか、句読点の場所ですとか、こう探しながら打つもので…とにかくそんな調子ですから調べるのも時間がかかります。
一番多いのは悪口が聞こえてくるという幻聴らしいですねぇ。
お前は何も出来ない。死んでしまえ。苦しめ。お前は最低の人間だ。
本当に言われているならそれだけの理由もあるんでしょうが、こればっかりは根も葉もない。なんせ幻聴ですから。
電磁波が聞こえる、というのも多いらしいですね。何か、電波で指令が出される。自分にだけ特別な使命があるような気になってしまう。宇宙人の声、というふうに形容する人をチラホラ見かけました。
私が驚いたのは、中には楽しい音楽が聞こえる幻聴というのもあるそうです。
ご存知でしたか?……そうですよね、こりゃ失礼しました。
そういう幻聴ならなんといいますか、こちらの気の持ちようでどうにか付き合っていけそうな気がします。何か辛いことがあっても、楽しい音楽が聞こえてくるわけですから、いつの間にか気分も釣られてですね…まあ、曲にもよりますかねぇ。毎度同じ曲となると、それは確かに、さぞかし、きついでしょうね。

(短い間)あ、私ですか?(笑って)そうですよね。自分の話をしなくては、ここに来た意味というものがありませんでした、すみません。何かに詳しくなるとついついそれをひけらかしたくなってしまうんですね。

私は、普通の人間ですので、幻聴も普通です。悪口が聞こえてくるタイプです。
(内容を聞かれ)いえ本当に、先ほど申し上げたような、なんの変哲もない、死んでしまえ、お前は最低の人間だ、えー最近では、お前なんか産むんじゃなかった、ですとか…。
はい?あ、ええ、そうですそうです。聞こえるのは母の声なんです。
だからというわけでもないでしょうが、幻聴だとハッキリ分かるんですね。母は10年ほど前に、亡くなりましたので。文句を言わない、優しい人でした。
母は悪口が嫌いでしてね、口のきき方には、それはもう厳しく、厳しくしつけられたものでしたよ。
そんな母の声で、馬鹿野郎、線路に飛び込んでしまえなんて聞こえてくるわけですから皮肉なものです。
母の思い出が、優しかった母の記憶そのものが、蝕まれていくんです。そういう人だったような気がしてくるんです。
ええ……はい……そうらしいですね。ちなみに、そういう薬が効いた場合、母の声は完全に聞こえなくなるのでしょうか?
……そうですか。

先生、妙なことをお尋ねしますが、幻聴が気にならなくなる薬なんてありませんよね?私のこれじゃ(タイプする仕草)見つかりませんで。
何を言われても平気になる薬ですとか…。
(怪訝な顔をされるので)いえね、幻聴が始まる前は、母の声を思い出せなくなっていたんです。
でも今はハッキリ聞こえるんです。母の声です。
(涙をこらえて)懐かしくて……。嬉しくて……。
酷いことしか言ってくれないんですが、私は、この声を消したいとは思いません。ですから先生、そんな薬はありませんか?

使用許可について

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・その際、作:渋谷悠のクレジットを明記してください。
・あわせてモノローグ集『穴』のURLをご紹介頂ければ幸いです。
https://www.amazon.co.jp/dp/4846017575

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劇作家・映画監督:渋谷悠とは?

1979年生/東京都出身。バイリンガル。
劇作家・舞台演出家・映画監督。ナレーション、スクリプトドクター、脚本執筆指導や演技指導の講師としても活動する。
第66回ベネチア国際映画祭入選。第46回国際エミー賞ノミネート。2020年度NHKサンダンス・インスティテュートフェロー。
39本の一人芝居が収録された著書モノローグ集『穴』を軸にセミナーや生配信番組を主宰するなど、日本の演劇界・映画界にモノローグを広める活動にも従事している。

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