モノローグ台本『感謝の虫』
『感謝の虫』本文
作:渋谷悠 原案:harlequin moon
こんな商売を長く続けていると、やはり好みというものが生まれます。
まず「誰でも良かった」なんてのは論外です。捕まることで注目されたい。ちっぽけな承認欲求を、偉く原始的な方法で満たそうとしたに過ぎません。私の出る幕ではない。
衝動的なものは痕跡が残りやすく、謎があまり長持ちしません。
ありんこを追えば、すぐに巣に辿り着く、ぐらいの難易度です。
痕跡を隠そうとする心意気は評価しますが、それはそれで消しゴムで擦り過ぎた時のような、文字は消えても紙がすり減るという痕跡が残ります、興醒めです。私の出る幕ではない。
やはり、明確な殺意と、緻密な計画があってこそでしょう。
殺人は、人間が人間にできうる最も…人間的な行為です。
それを行うために、なおかつ捕まらないために知恵を絞り、考え抜いた犯人が、どこかで息を潜めている。
そこには、解くべき謎があります。ようやく、私の出番です。
飛び交う証言、炙り出される嘘、ひび割れていくアリバイ、凶器、動機。
全てのピースがハマった時、一つの顔が浮かび上がります。
それまでは、暇を持て余した老夫婦が取り組む、空と海のジグソーパズルのように、何をどこにはめようが代わり映えしなかった絵が、突如誰かの、そう、犯人の顔になるのです。
一生追い続けられる謎はないものでしょうか。
適度にヒントがあり、核心に近づく印象が日々増していき、捕まえられそうな瞬間が時折訪れるが…永遠に距離は縮まらない。
例えば私に、もう一つ人格があったとします。それは人類が稀に見る、100年に一人現れるか否かという残忍な殺人鬼の人格で、透明人間のように一切の痕跡を残さず、人を殺せます。だからこそその人格は、最高の絵画にサインをする如く、何かしらの印を残します。
私は、その人格が存在することを知らない限り、自分という犯人をいつまでも追い続けることができるのです。
謎は素晴らしい。白黒映画のような日常に差し込む虹。
根本的には退屈な、人生というのろまなカウントダウンを彩ってくれる。
しかし、謎には一つだけ、構造的な欠陥があります。
謎は、解けてしまう。
どんなに優秀な謎も、私にかかれば解けてしまう。
あそこに指紋を残さなければ、あの血痕に気づいてくれれば、もう1メートル深く埋めてくれれば、あと1週間、あと3日間、あと数時間、謎と付き合うことができたのに…。
なんて、なんて、勿体ない!
夢から醒めたような、シャボン玉が割れたような、まるで意味などなかったような、全知全能の喪失感に、身体中の酸素と血液を持っていかれます。
私は度々、感謝されます。
薄々お気づきかも知れませんが、私を突き動かしているのは、正義感なんかじゃないんです。むしろ私の方が、世の中に残忍な行為があることに、感謝しています。
その感謝は、私に寄生する虫です。非科学的な話で恐縮ですが、私の心の中を顕微鏡で覗けたなら、その虫は、難解な事件が起きるたびに嬉々として、ニョロニョロと、踊っているでしょう。
育ちもしない、駆除もできない、危うく名前を付けて愛でてしまいそうな虫です。
名探偵だ、名推理だとチヤホヤされる度に、その虫がほくそ笑むのです。
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劇作家・映画監督:渋谷悠とは?
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