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『社員寮』

私は社員寮へ入っていた事がある。
もちろん男女別々の寮だ。
たしか3年くらいだったと思うが定かではない。年齢制限はない。

寮は会社の敷地内にあって、
寮から職場まで徒歩1分という近さだ。
目の前だ。
あまりの近さに最初は
仕事中なのか、
プライベートなのか、
気持ちの切り替えが難しかった。

寮は、
1階が社員食堂で、
朝と夜だけ寮生の為の食堂に変わる。
3階はショールームになっていて、普通に職場的な雰囲気を出している。
2階と4階が寮生の部屋で、4階の私の部屋へ行く時はショールームを横目でちらっと見ながら階段を上っていく。

寮にはいくつかの決まりがあった。
そのうちの一つに

『新入社員は先輩と相部屋』

というのがあった。

新入社員の私は、今まで家族以外と一緒に住んだことがなかったので、
内心ドキドキして、
怖い先輩だったらどうしよう、
先輩のCDデッキの音量が大きくて我慢の日々になったらどうしよう、
私の寝言やいびきで迷惑かけたらどうしよう、
おならを聞かれたらどうしよう、
圧が凄かったらどうしよう、など
正直不安しかなかった。

その気持ちのまま、
寮母さんに部屋を案内され階段を上った。

『ここだよ』

『ありがとうございます』

私は恐る恐る部屋に入った。

畳の部屋の真ん中にこたつが置いてあり、
そこに先輩がちょこんと体育座りをしていた。

『わ〜久し振り〜ゆうちゃん』

とびっきり可愛い声が部屋中に響き渡った。

懐かしいこの声は、、
『えっ?えっ?先輩??せんぱーい!』

学生の時の同じサークルの一つ上の先輩だった。

私は、今までの不安が一瞬にして吹き飛び、
久し振りに会う大好きな先輩との再会に
嬉しさが込み上げてきた。
まさかこんな所で再会出来るなんて思わなかったから、暫く興奮が続いた。
先輩も同じくらい驚いていて、
学生の時に見せてくれていた弾ける様な笑顔で
私を迎え入れてくれた。

その時突然、背後から声がして、

『じゃあ、もう大丈夫だね』
『はいっ。大丈夫です。ありがとうございますっ』

私は笑顔ではきはきと答えた。

寮母さんは一部始終をずっと見守っていてくれいて、私の顔を見て安心したように帰って行った。


先輩は私の緊張をほぐしてくれるかのように、

『コーヒー飲む?』

と、話しかけながらコーヒーを淹れる先輩の所作に大人の女性を感じた。

『はいっ。いただきますっ』

その後先輩は、私に一つ一つ丁寧に寮の決まりを教えてくれた。



私はこれから先輩との寮生活が始まることに
胸を膨らませて、
持参した私物を自分の心地良い場所へ、
ひとつずつ置いていった。


『新入社員は先輩と相部屋』が私の見方なら
先輩は、きっと
『先輩は新入社員と相部屋』となるのだろう。

そして一年後私も
あの時の先輩のように、新入社員を迎え入れた。



#創作大賞2024   #エッセイ #社員寮 #相部屋


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