yuka~互いに震えた夜~
バンドの練習を終え、すぐさま駅に向かう。
駅前の花時計の前で立っていると、バスのロータリーから、
「待った!?」とyukaが駆け寄って来た。
今でも思い出す。
緑色のチェックのスカート。そして紺色のベンチコート。
薄水色のニットのセーターと、白の襟が出ていた。
ショートのふんわりした、駆け寄ってくるリズムに合わせて、
髪が浮き立つ。
そして、絶対に目を見ない。見ることが出来ない。
下顎が震えている。口を押さえて話しかける。
そこに居たのはyukaでした。
「どこか行く?」という。
オレは終電があと1時間弱で出発してしまう。
けど、逃せばいい。
こんな日は二度と起こらないかもしれない。そう、今日しかない。
そう思って、
「アーケード街まで行ってみるか?」といい、2人で並びつつ歩いて
行きました。
いつもならば、夕方の陽が沈み掛け、夜の喧騒がせわしく聞こえている
中で、学生服の2人が、駅までの短い時間の中、話をしながら帰る。
それが、冬休みの深夜。
ひさびさの互いに私服で、時間に追い立てられる事も無く、
2人が歩いている。
「今日無理したんじゃないんか?アニキ大丈夫か?」とオレが聞くと、
「無理せな会えんやん。話ししたいって言うたんわゆうきやん?」と。
もう心配するのも止めよう。
この時間を最高の時間と考えて、yukaとのこの時間を大切にしよう。
しなければいけないいけない!!と思いました。
「行きたい所があるんやけど・・・」とyukaが言う。
「おう。そこにしようか。」とオレ。
アーケード街の寒さに応えるかのように、チャイナレストランの店先で
売られている点心の籠から、思いっきり湯気が立っている。
その筋を抜けて、国道が東西に走る前の道。
ワシントンホテルの隣りにある、バーに入りました。
そこは、当時FMでも有名だった、とあるウイスキーバー。
カウンターに誘われると、前の窓ガラス下には街の行き交う人と、
タクシーの列、信号で停まる車が、チャコール色に見える。
背の高い椅子。カウンター。
メニューが来る。
二人が何を頼んだのか、今となっては覚えていない。
2人の生い立ちを話した。
yukaは母子家庭。兄が親代わり。兄は花屋の店員さんで、お母さんは
保母さん。そこまでは自分も知っている話だけれど、再度こんな場所で、
こんな時間に話を聞くと、それだけでも新鮮に聞こえる。
向こうは。yukaはどうだろうか?
家庭がギクシャクしすぎている事、オレのアニキはどうしようもない人間に
なりつつあること。そして、同級生の友人宅にずっと住んでいたこと。
話をしては、そこで互いに質問がぽつぽつと入り、互いに一つ一つの話に、
否定も肯定も。そう、評価すること無く、互いが気分良く話しているのが
しっかりと感じ取られて、オレは「このままの時間を、ずっと続けたい」と
思っていました。
yukaが「ゆうき。明日のバイトは?」と聞く。
「休む。」とオレ。
「明日はどうするの?」とyukaが聞く。
オレは「yukaは?明日は?」と聞く。
yukaは「明日は昼からお父さんのお墓の掃除に行くよ」と。
そしてオレは、
「今日はどうす・・・」とまで言った後に「ちょっと待って」と言い、
少しだけ時間を開けてから、
「今日の夜は、ずっと時間が開いていて欲しい。最後かもしれない」と、
yukaを見つめながら言いました。
yukaは「なんで最後なん?」と言った後に、そのまま黙ってしまいました。
オレはそれから以降はyukaの顔を見ることが出来ず、そのまま今頭の中に
出た言葉だけを紡いで話をしました。
「言わないといけない。オレはyukaが好きだ。」
「こんな最高の時間を作ってくれたyukaに、感謝している。」
「もうこんな幸せな時間は、二度と訪れないかも知れない。」
「そして、yukaの本当の気持ちも聞いていない。」
「聞くのが本当に怖い。だからその気持ちは聞かないでおく。」
「もし、春の卒業で二人が離れ離れになったとしたら・・・。」
「オレは今の、この時間を思い出にして、生きていけるから。」
そんな感じの事を言ったと思います。
オレの中では、もうこれが最後になるかも知れないと言う気持ちがあって、
その理由が「こんなに幸せな時間って、もうないんじゃないか?」という
思いを、なぜか強く思ってしまったからだと、今振り返れば思います。
yukaは「うん。ええよ。」とつぶやいた後に、
「今日はゆうきしか見てへんからな!」と笑ってはいるけれど、真っ赤な顔
をして、下顎がぶるぶる震えた状態で、オレをしっかりと見つめてくれた。
店を出たのは、深夜の2時頃。
すぐにオレはyukaの手を握って、エスカレーターに乗ろうとした。
ぐっと1階のフロアーですくんだyukaがいた。
けど、ダダっと駆け寄ってきて。オレの左腕をグッと握ってくれた。
こんなに近い距離でyukaを見たのは初めてだった。
小さな肩に、少しだけショルダーの紐が落ちそうになっている。
エスカレーターはそのまま上に上がって行った。
yukaのしがみついている腕が、そしていつもの以上に唇が、震えてる・・・。
オレも足がガクガクなのに、その心がうつってしまって、体が小さく、
小刻みに震えていました。
エスカレーターは上がり続けている。2人の心が決まった、震えた夜でした
ゆうさん