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私を支えてくれた父の言葉

それはもう、30年も昔のこと。

結婚式の日の朝。あの、お決まりの儀式をやるのはさすがに照れ臭いなと思い、父に「いままでありがとう。これからもよろしくね」とあっさりとあいさつをした。昭和一桁生まれの父である。「結婚したら、もうあちらの家の人間だから、何事も辛抱」なんて、こちらもお決まりの訓示を述べるのかと思いきや、父の言ったことばはちょっと予想外だった。

嫌なことがあったら、いつでも帰ってきなさい。我慢なんかすることない。どこの馬の骨ともしらない男に苦労させられるために、お前を育ててきたんじゃないんだから。いつでも帰ってきなさい」。

「あ、そうなんだ。私、嫌になったら、いつでも帰って来ていいんだ」と私は思った。

結婚する前、女心は揺らぐ。好きで一緒になると決めた相手でも、「一緒に暮らしてうまくいくんだろうか。この人に決めて本当によかったんだろうか」と不安な気持ちが式の日まで際限なく膨らんでいく。そのとき、父からもらったこの言葉は、私の気持ちをぐっとラクにしてくれた。

あれから、30年。夫とは仲良く暮らした。それなりにケンカもあったけれども、嫌になったらいつでも帰れる場所があると思うと、あまり深刻になることがなかった。父の言葉はお守りだった。セーフティネットだった。あの言葉があったからこそ、少しぐらいの我慢もできたし、やっかいな問題も乗り越えられたような気がする。

父は亡くなった。帰れる実家も、もう今はない。でも、今度は、私が子どもたちに言ってやる番だ。「自由に羽ばたきなさい。でも、困ったことがあったら、いつでも帰っておいで。ここは君たちの家なんだから」と。

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