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ひきこもりは実存的な問いなのか|「「ひきこもり」の30年を振り返る」(石川・林・斎藤)

ひきこもり当事者(経験者)として気になったので読んでみました。研究者、当事者、精神科医がそれぞれの切り口で語っているのですが、その中で特に興味深かったのは、「ひきこもりは実存的な問いであり、生きることについての苦しさ」であるという当事者の主張です。

たしかに、「ひきこもり」は、生活困窮、発達障害、精神障害といった様々な困りごととセットで語られることが多いですが、そのようにクリアに定義できる問題は、そちらでカバーしてもらうとして、それらを切り出した後に残る、純粋にひきこもり単独の論点はいったいなんなのか、ということを考えると意外と難しいです。無職でも病気でも障害でもないのであれば、それは生きづらさというか、人生そのものの苦しさ・悩み、としか表現できない、という気持ちはよくわかります。

実際、自分がひきこもりだったときは、無茶苦茶しんどかったです。傍から見たら毎日が夏休みで気楽に見えますし、親からも嫌味言われますが、実態は毎日が夏休み最後の日で宿題を一切やっていなかったときの焦燥感と自己嫌悪がエンドレスで続くので、生き地獄です。そして自分は病識もなかったので(精神科医からはなんか言われましたが)、そうした苦痛を病気のせいにすることもできず、ただただ自分の無能とあほらしさを呪いながら、それでも社会復帰するという正攻法を取ることを先送りにして、ただただ針の筵のような生活でした。

そんな非生産的でゴミとしか言いようがなかった自分の当時の状態をカッコよく「実存」の問題と表現してくれるのは、ある意味救いでもあります。当事者としては、「ひきこもりは病気/障害なんだから、はやく病院にいって治せ」と言われるよりも百倍マシです。

そうはいっても、ですね。そうはいっても、なんかちょっと引っかかるところもあります。当事者としての実体験と、社会の目線の2つの論点があります。

実存の問題に「答え」がでたから、ひきこもりから抜け出せたのか

ひきこもり経験者として言わせてもらいますが、家の中で悶々と悩み苦しんでなんとか答えを見出して社会復帰できた、というストーリーは、どこか嘘くさいものがあります。なぜかというと、別に社会復帰できたらそれで万事うまくいく、というわけではもちろんなく、それからも「生きるのがしんどい」状態は続くからです。むしろ、「自分は何のために生きているのか」とか「人生の意味とは」みたいな実存的な問いを、よりビビッドに感じたりします。

ひきこもっているときは、薄い透明なビニールの膜みたいなものに包まれていて、なにをやってもリアルさがなく、泥のような安寧があったものですが、社会に出て長時間労働していると、より苛烈に現実の手触りを感じ、より鮮烈に「あー死にて―」と思ったりするわけです(個人の感想です)。

そして、自分がひきこもりを抜け出せたきっかけは、実存的な問いに「答え」が出たからというわけではまったくありません。むしろ、幸運にも親を含めたまわりがあまりプレッシャーをかけてこず、良くも悪くも放置されていたので、退屈だったからです。

退屈さを感じられるほどのゆとりというか、暇があったからこそ、ひきこもっている状態でいるのはなんか人生がもったいなとシンプルに感じられて、だからこそ、まあ学校にまた行ってもいいかあ、と思えたのです。すなわち、実存の問題が解決した(人生に答えが出た)わけではなく、単に問題に飽きて退屈し、退屈しのぎに学校に戻っただけなのです。

そう書くと、本当にしょうもない人生だなあ、と思うのですが、でも、よくあることなんじゃないかとも思います。というか、ひきこもりに限らず、多くの実存的な問いが、受験勉強、就活、仕事、恋愛、家事、育児といった日常の多忙さに忘却されているのが現実です。

実存の問題にすると、ニートが自分探ししてるだけと、社会的に評価されそう

もう一つ心配になったのは、あまり「ひきこもりは実存的な問いなんです」と言いすぎると、世間一般からは「社会構造の問題(社会課題)ではなく、個人の問題であり、ニートが勝手に自分探ししているだけ」と判断されて、より白い目で見られかねない、ということです。

たしかに、医療の問題にされて、治療の対象になってしまうのは、当事者の尊厳を著しく傷つける「余計なお世話」なわけですし、実際自分も傷ついたわけですが、そうは言っても、まったく社会や行政の「お世話」(ケア)がなくなると、それはそれでどうなるんだろう、と懸念があります。社会関係資本がない、他者とのつながりが極めて薄い存在なわけですから、放置してると誰も社会的リソースを投入しません(そうしたくなる魅力がありません)。

それはそれで当事者自身が選んだ人生であり、ライフスタイルなのだ、というのも一つの立場ではありますが……。




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