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活字というのは実にありがたいもの

「シンプル」というのはたいしたことだと思う。

たとえば、映画と小説を比べた場合、映画よりも小説のほうがはるかにシンプルだ。

映画を撮るにはさまざまな機材やたくさんの人やお金がかかり、出来上がった作品を上映するにも映画館だったりテレビやプレーヤーだったりパソコンだったり、いろんなものが必要になる。

その点、小説は、文字だけである。しかしときには映画以上に広い世界を感じさせ、深い感動を残すこともできる。

「小説というのはすごいな」と、つくづく思いつつ最近読んでいるのは、そんなたいそうな文芸大作ではなくて、黒川博行のミステリー「大阪府警視シリーズ」である。

『二度のお別れ』、『雨に殺せば』、『八号古墳に消えて』と順番に読んできていま4作目の『海の稜線』の真ん中あたりにさしかかったところだ。

映画は映画館で見るもの

大阪府警シリーズは、全体として刑事コンビの軽妙な会話が漫才みたいでおもしろいシリーズである。例を挙げるなら、こんな感じだ。

「マメちゃん、天王寺になんぞ用があるんかい」
「ターミナルビルの名画座でね、今、『アンタッチャブル』をやってますねん。あれ今日までやし、見逃したら一生悔いが残る」
「ビデオでみたらええやないか」
「映画いうのはね、黒さん」
マメちゃんは立ち上がった。「勤務中に見るからこそおもしろいんですわ」

『八号古墳に消えて』

いうまでもないことだが、映画好きがあらたまって「映画いうもんはね・・」などと言い出した時には99%の確率で下の句が

映画館で見るもんなんです

となるはずなのだが、こうやって落とすやりかたもあるのだなあと感心し、このくだりを読んでから、「持論を語るとみせかけて笑わせる」というパターンを1回やってみたいといろいろ考えているのだが、まだいいアイデアを思いつかない。

また、こういうものある。

「ブンも文句が多いな。何ぞいや、そないしてぶうたれる。よめはん来えへんぞ」
「よめはんとあのハゲとどない関係がありますねん」
「おっ、いうたな。班長のこと、ハゲというたな」
「あきませんか」
「かまへん、もっといえ」

『海の稜線』

大阪府警コンビは、こういう軽妙な掛け合いを重ねつつ、仕事の大変さにぐちぐち言いつつも、粘り強い捜査で犯人を追い詰めていくのが読んでいて楽しい。

ミステリーはオヤジの定番

ところで、日本で一番売れているジャンルの本は、ミステリー・サスペンスなのだそうである。これは、テレビでサスペンスドラマがオヤジの定番になっているのと同じような事情なのだろう。

意識の低いオヤジは「勉強になる本」などは決して読まず、ミステリーを読み漁ってムダな時間を過ごすのである。ぼくもご多分に漏れず、こうしてミステリーやハードボイルドはよく読むけど、勉強になる本などめったに読まない。

大阪府警シリーズも8冊セットでブックオフで買ったんだけど、まだ4冊残っているので、この分なら当分楽しめるのである。

それにしても活字というのは、電気もガスもいらず、故障することもなく、モデルチェンジもアップデートも必要なく、バグともエラーともウイルスとも無縁で、フィッシングされる心配もなく、本を開けばいつでも手軽に確実に楽しませてくれる。じつにありがたいものだ。

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