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映画についてモヤモヤすること

『スティルウォーター』という映画を見た。すぐれた作品として評判が高いし、その通りだと思う。

だれにでも勧められるヒューマニズムあふれる良い作品だし、その上カメラマンがタカヤナギ・マサノブという日本人なのもよかった。群馬県出身の東北大学卒業だそうだ。

武蔵美でも多摩美でも日芸でもなく、東北大学文学部というむさくるしいところを出ても、本気になればハリウッドの一流カメラマンになれるというところを示してくれたのがすごい。

この作品にはほめるところはいくらでもあるし、たくさんの人がほめているし、ぼくもケチをつける気は全くない。主演はハリウッドスターのマット・デイモンなので親しみやすく、娯楽映画しか見たことのない人が、映画の力に触れるには最適な作品だろう。

しかし、ぼくがこの映画をもう1回見るかと言われたら、見ないかもしれない。

『四匹の蠅』という変態映画

ところで『スティルウォーター』の前にダリオ・アルジェント監督のホラー映画『四匹の蠅』も観た。ついでに同監督の『サスペリア』も久しぶりに見たが、どちらも何度見たか覚えていないくらい見ている作品だ。

ただし、まともな映画評論家でダリオ・アルジェントをほめる人はいない。

日本の有名な映画評論家に双葉十三郎(1910 - 2009)という淀川長治さんの盟友みたいな人がいたのだが、その双葉先生が、かつてダリオ・アルジェントの『インフェルノ』という作品をクソミソにけなしているのを読んだことがある。

ぼくもこどものころから双葉先生を尊敬しているので、『インフェルノ』をクソミソに言われてずいぶん傷ついた。

ワン&オンリーの変態的映像美

ぼくがアルジェント作品を好きなのは、単にB級ホラー映画としてカルト的におもしろがっているのではない。アルジェントの作品には、独自の表現世界があり、ややむずかしい言い方をするなら、

ドイツ表現主義に影響された独自の映像美学

ということになるのだろう。こんな小難しい言い方はしたくないのだが、こうとでも言わなければ、えらい評論家の先生たちからB級ホラー映画としてゴミのように扱われてしまうので、やむをえない。

あくまでぼくの物差しでいわせてもらうなら、映像の可能性を広げたという意味で、アルジェント作品は『スティルウォーター』よりもはるかに画期的だ。

『スティルウォーター』はたしかに立派だけど、こういうヒューマニズムあふれる骨太なドラマは、これからも定期的に作られていく。しかし、アルジェントの前にアルジェントはおらず、アルジェントの後ろにもアルジェントはいない。ワン&オンリーの変態的映像美である。

『スティルウォーター』は小説にしてもよかったと思うし、すぐれた作家ならこのテーマをより深くえぐれただろうが、アルジェントの映像表現を小説に置きなおすのは不可能である。ドビュッシーの音楽が小説にならないように、エゴン・シーレの絵が小説にならないように、アルジェント映像も小説にはならない。

おなじ変態でも、デイビッドリンチあたりなら評価されるんだけど、リンチには変態なりの高級感がある。その点、アルジェントには低俗なところがあるのは間違いなく、嫌いな人はハナもひっかけないので、損している

人の評価ってむずかしい

ちなみにアルジェントの作風は、有名な『サスペリア』を境に大きく変化しており、それ以降はオカルトに傾いていくのだが、彼の真骨頂はそれ以前の

イタリアンヒッチコック時代

と呼ばれた作品群にある。しかし人気が出たのはオカルトに傾いてからで、いまではオカルトな作品しか撮らなくなったし、それにつれて切れ味も悪くなっている。

結局のところ、彼のような作家をなんとかして持ち上げようとしても無理なのだろう。「好きな人は好き」というくらいでとどめておくしかないのだろう。人の評価ってほんとうにむずかしい。

それにしても「スティルウォーターよかったよ」くらいのことを言っていれば平和に生きていけるのだが、「アルジェントの『歓びの毒牙』が・・」みたいなことを言っていると、世間の日陰を歩かなければならない。

映画だけでなく、どこの分野にもこういうことでモヤモヤしている人はいるのだろうな。おたがいモヤモヤしますね。

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