コンピュータには数学ができない
羽生九段復活か!?
将棋の羽生善治さんというとぼくの1つ下の学年で、中年の星であり、希望でもあるのだが、ここ数年なかなか勝てなかった。「もう終わりか?」とまでささやかれていたのだが、このところがぜん調子を取り戻し、藤井聡太王将への挑戦権をかけたリーグ戦で全盛期のような圧倒的な強さを見せて7勝して挑戦権を獲得している。「羽生復活か?」などと騒がれたので知っている人も多いだろう。
ここ数年羽生さんの調子が悪かった原因は、どうやらAIの導入がうまくいかなかったところにあるらしい。今の若い世代はAIでどんどん研究して新しい指し方を編み出しているのに対し、なかなかそこについていけなかった。
元々、羽生さんはAI導入にあまり積極的ではなかった。
たしか、1993年にIBMのスパコン「ディープブルー」がチェスの世界王者に勝ったときのことだと記憶しているんだけど、感想を聞かれた羽生さんは、「チェスは取ったコマを使えないけど、将棋は使えるので差し手の自由度がちがう。おそらくコンピュータには対応できないだろう」というような予想をしていた。
しかし、現在、その予想はだいぶくるってきた。いま将棋ソフトは6億手読めるのだそうで、これで28手先まで読める。プロの対局の手数はだいたい110手が平均なので、序盤にかぎれば、あるていどはAIで制することができるようになったらしい。
AIの使い方が一味ちがう
しかし、羽生さんもようやくAIの導入が進んできて、また勝ち始めたわけだけど、AIの使い方がが若手とは一味違うらしいのだ。
ぼくには将棋のことはほとんどわからないので、長年、羽生さんの取材をしているルポライターの高川武将氏の受け売りなんだけど、高川氏いわく
とのことだ。その結果として羽生さんは、AIが評価しない「悪い手」をあえて採用して勝っているのである。
次世代の人間とAIの関係
いまAIはほとんどあらゆる分野に進出しつつあるけど、おそらく将棋やチェスの世界が一番導入が早く、また洗練された使われ方をされていると思われるので、他の分野で、これから人間とAIがどのような関係になるかを予測するためには参考になるだろう。
将棋の分野ではまず「人間 対 AI」という
があり、いまは、指し手を研究するための
に入っている。そして、あくまでシロートのぼくがみるかぎり、羽生さんはもう一つ先に行こうとしているように思える。
羽生さんが「AIの発想や思考プロセスそのものを理解しようとしている」ということは、人間が決してAIに勝てない部分と、人間のほうが優れている部分の見極めがついてきたということではないだろうか。
コンピュータには数学ができない
コンピュータは数字のカタマリなので数学が得意だと思われがちだが、じつは数学が得意ではない。英国の数学者ロジャー・ペンローズがかねてから主張しているように、コンピュータには数学の定理を発見することができない。
そして、このことをペンローズは次のように解釈している。
ペンローズ自身は、比類ない幾何学的センスの持ち主として知られている人だ。そのことを考え合わせれば、コンピュータに還元できない「非計算的プロセス」の本質は、どうやら幾何的直観に関係していると思われる。ならば、羽生さんのいわゆる羽生マジックもそうだと考えることはできないだろうか。
羽生さんがこれまでAIに抵抗感を示し、彼なりの直感にこだわってきた部分には、今後どれほどAIが発達したとしてもそれで置き換えることのできない幾何的センスのようなものがかかわっているのではないか。
そして、今の羽生さんは、AIにかなわない部分は素直にAIに習いつつ、そのマジックともいわれるセンスと組み合わせることができるようになってきたのではないか。
さて、以上は、将棋のことをほとんどわからない人間がわかったようにお伝えしております。
人とAIの未来
羽生さんは50代なので、かれがAIと人間の直感を融合する新しい世界を切り開くには若干年を食いすぎているかもしれない。
しかし、いずれ彼のような直観力を持つ次世代の棋士があらわれたとき、こんどは、藤井王将のようなAI主導の指し方からさらにもう一方、人間の強みとAIの強みを兼ね備えた指し方を編み出すのかもしれない。
もしも、そういうことが将棋の世界で起こってくるならば、それはさらに遅れて他のいろいろな分野でも起こってくるのかもしれず、そうなって初めて、"計算的プロセス"で置き換えることのできない「人の意識の特性」というものも、より鮮明にに見えてくるのではないだろうか。
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