見出し画像

ゆる毒親の母親の言動で一怒一憂

シングルマザーとしてにゃりぺよを育て始めた母親。
母親はそのころ働いていなかった気がします。

にゃりぺよと母親の生活を支えてくれたのは、離婚した父で…。
家事をしてくれたのは、家にいつも来る祖母でした。

母親はかわいいお嬢様で、世間知らずな大学生の女の子のような女性でした。
「産んだ子どもを大事にする」という当たり前の価値観を持ちつつ「子どもを育て上げる」という覚悟は恐らくなかったと思います。

どちらかというと「死なせない」が強かったのだと思う。

母親は二人で暮らす幼いにゃりぺよのため、働こうとは思っていないようでした。
そのころのにゃりぺよは、いつも母親が家にいてうれしく思っていたけど…。

父が生活費や学費を援助してくれたこと、母親が働かなかったこと。
20歳になるころには父への感謝と母親への「なんで?」で心がめちゃくちゃになってしまいました。

また母親は家事がものすごく得意だったわけじゃない。
もしかしたら得意なのにやっていなかっただけかもしれないけど。

料理は祖母が家にやってきては、夕飯や作り置きを用意してくれました。
たびたび伯母が訪ねてきて、掃除をしてくれました。

それでも母親はにゃりぺよを風呂に入れてくれて、いつも手がガサガサでした。
にゃりぺよは母親の手荒れを愛のように感じて、うれしかった気がします。

にゃりぺよと母親の家には、よく母親のいとこがやってきました。
いとこは母親と同い年の男性で、よく母親を口説いてて最悪でした。

子どもの前でやることか?
いとこが通りすがりに母親の尻を触り、母親が照れたような顔を見せたとき、にゃりぺよは幼いながら初めての殺意を抱きました。

持っていたマグカップでいとこの頭を殴りつけたにゃりぺよ。
しかし小学生のにゃりぺよの一撃では、いとこを殺すことなどできません。

母親が盗られると思って嫉妬したのだろうと、いとこは笑っていました(ムカつく)。

そのころからにゃりぺよは、非常に短気な子どもだったように思います。
母親の気を引きたくていつも焦り、母親の関心を引くものに怒っていました。

母親の言動ひとつで一喜一憂、ならぬ一怒一憂。
精神的に不安定なのは、ここが始まりだったと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?