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Digitalian is eating breakfast 曲とともに思い出はそこにある

Digitalian is eating breakfast 小室哲哉
確かにTM Networkは好きだった。が、なぜだか初めて買ったCDはこのCDだった。

我が家は決して裕福な環境ではなかった。
安全地帯の「悲しみにさよなら」や武田鉄矢の「少年期」はザ・ベストテンや歌のトップテンで耳にするたび心を急激に引きつけられたのを覚えている。だが、カセットテープの時代にCDなんぞ手に入る由もなく、毎週の歌番組をそれは楽しみにしていた。
なんとか好きなときに聞ける方法はないか。CDデッキは夢のまた夢のその向こう。落ち込む私に、祖母がたまたま家の前の工場の隅に眠っていた、古いラジオカセットデッキをもってきてくれた。これ、何かに使えない?と。
カセットをひとつ入れられるところがついた、あの大きなラジカセ。知る人は大いに想像できるだろう。
最初はそれでラジオを聞いて、本当にたまたま流れてくる曲にむさぼり付いて聞いていた。
祖母の気遣いには本当に感謝しかない。あんな優しい人はめったにいない。

さて、よく見ると、そのデッキは録音ができた。たまたまマイクもついていた。
今ではそんな機能が付いているものは珍しい。いや、ラジカセなんてないか。いやいや、CDすら聞かない。聞きたければ検索すれば聞けてしまうか。とっても便利だが、一曲に対するありがたみみたいなものが薄れてしまった気がする。現代は他のものでもそんな節は感じるが……。だからといって、あの時代にはもう戻れないけど。

録音ができたそのデッキ。ベストテンやトップテンを見ながら、テレビのスピーカーの前にマイクを置きタイミング良く録音ボタンを押す。テレビサイズでしか歌ってはくれないので、2番の歌詞を聴くことはない。しかし、それでも涙を流したくらい嬉しかった。その夜は何度も何度も悲しみにさよならを聞いた。布団に入ってからも聞いた。
歌の途中で、祖母の私を呼ぶ声が録音されたりマイクが落ちてしまったりするのも今となっては愛嬌か。毎週のように録音して、一番完成度の高い録音を目指した。

先日、ドラえもんの映画の話になったとき、のび太の宇宙小戦争(リトルスターウォーズ)は名作中の名作だと主張した。なぜなら、ストーリーも秀逸だが、主題歌の「少年期」があまりにも良すぎるからだ。心にしみこんでくる。じんわりと。
当然、どんな歌か聞いてみたいとなる。もちろんその場にCDは持っていない。が、そんなことは誰も期待しない。スマホを取り出してサクッと検索すればすぐに聞くことができる。何という世の中であろうか。
「聞きたい!」
「俺、CD持っているよ!」
「本当?一度聞かせてよ!」
「うん!もちろんだよ!次に会うときに持ってくるよ!」
こんな流れで次のアポイントメントが生まれたものだが、こんな恋の始まりは今や完全に絶滅してしまったのだろう。
青春も形は変わっていくのだな。

その時にスマホで流した「少年期」。聞くのは数十年ぶりだが、完璧に歌えた。ただし、1番までは。なんせ、テレビではほぼ1番しか歌わない。1番まで歌ってあとはサビを繰り返して終わってしまう。だから、録音したのも1番まで。ヤンソン(月刊明星の付録。その当時の流行歌の歌詞が載っていた!)みて覚えた2番は、やっぱりうろ覚えだったなあ。実際にも映画とかで数回しか聞いたことがなかったからなあ。

それからしばらく時は流れた。ちまたでは消費税が導入されようとしている。レコードが上にのったダブルカセットのステレオは、到底手の届く品物ではなかった。近所のお兄ちゃんの家に行っては、近くのレンタルレコード店で借りたレコードを聴かせてもらっていた。

そしてまた時は過ぎる。中学生になり周りの友だちも自分専用のCDダブルカセットを持ち始めた。うらやましくてうらやましくて仕方なかった。友だちの家に遊びに行って、初めてCDを触った。聞かせてもらおうとデッキにセットしようとしたとき、「逆!」と怒られたのを覚えている。当時の私は、CDの表と裏がどちらなのかも知らなかった。でも、それを知らないのが恥ずかしくて友だちに聞けなかった。ああ、若かったなあ。

音楽はラジオで聞くもの。
当時の祖母や祖父の年代の思考だ。カセットが新しい技術。8トラックカートリッジって知ってます?そんな時代の人がCDなんて知るはずもない。
CDを聞けるラジカセを買ってほしいと何度かお願いをしたが、まずCDを知らないからね。
それでも、何度も頼み込んで、何とか買ってもらえることになった。
近くの家電屋さんで一番お値打ちだった、パナソニックのCDラジカセ。もちろん少しでも安くなる展示品。それでも、この上ない喜びだった。金銭的に家計には無理させたんだろうなあ。祖母には愛情を教えてもらったなあ。
自転車の前かごに斜めに押し込んで、乗らずに引いて家まで帰った。

家に帰ったが、聞くCDがない。
CDを買うことまで頭に置いてないから、お小遣いはない。
それまでに録音していたカセットテープを繰り返し聞いたりラジオを聞いたり。自分で借りたレンタルレコードを、友だちのお兄ちゃんにカセットにダビングしてもらったものを聞いたりもしていた。
早くCDを買って、自分の家で聞きたい。その衝動はどんなものだったろう。
それにはまだ、数ヶ月のお小遣いを貯める必要があった。

ようやくCD1枚分のお小遣いが貯まった。学校から帰ると、それを手に近くのCDショップへ走った。遅くまで部活をしてヘトヘトなのだが、自転車のペダルを漕ぐ足は軽かった。その店は7時までやってる。6時45分に蛍の光がかかる。今は冬。まだ余裕で間に合う。(部活は冬は短いのだ。)
もう少しで"自分のCD"が手に入る。友だちとの雑談の中で、ん?CD?持ってるよ、って友だちに言える。一枚だけだが。

いわば衝動買いに近かったかもしれない。CDを入れて音楽を聴きたい。それだけのためのCDだったのかもしれない。何でも良かったのかもしれない。
その店は、新譜のCDは平積みで置いてある。何にしようか。もちろん一枚しか買えない。
悩みに悩んだが、お気に入りのアーティストのTM Networkの小室哲哉がソロアルバムを出したらしい。新譜の中では断トツにお気に入りのアーティストだ。
胸をドキドキさせながら、レジに持っていった。今から買うのですよ。私はCDを聞ける装置が家にあるのですよ。そんなオーラが出ていたかもしれない(笑)。

今でも曲はよく覚えている。OPERA NIGHT、RUNNING TO HORIZON、SHOUT、GRAVITY OF LOVE、I WANT YOU BACK、CHRISTMAS CHORUS……。どの曲も何回も何回も聞いた。
CDで。
OPERA NIGHTはイントロで、右のスピーカーから左のスピーカーに音が流れる。そしてまた、半円を描くように右に戻る。さすがステレオだ。感動した。
また、CDの頭出しの手軽さはカセットとは比べものにならない。なんてったって好きな曲の番号を入力すればその曲から聞けるのがCDだ。早送りも巻き戻しも、分数が表示されるから好きなところから聞ける!

なんて懐かしい。
この気持ちは、今の若者たちには決してわかることはないものだ。一体彼らは、近い将来どんなことを懐かしいと感じるのだろう。スマホがあれば、ほとんどのことができる。好きな曲を聴き、好きな映像が見られる。懐かしの○○なんて、皆が共感できるから存在するものなのに、こんなに世界が広がってしまったら共感もできないのではないだろうか。
テクノロジーのすさまじい進化は、ものすごいスピードでノスタルジーを奪い去っていくのかもしれない。

あの頃初めて買ったCDは、いろんなことを思い出させてくれる。
何度も何度も繰り返し聞いた、小室哲哉のDigitalian is eating breakfast。どの曲もすばらしい。今聞いても新しささえ感じる。

当時の自分の感動を大事にしたなあと改めて思い出させてくれる。
そして、また、レンタルレコード屋さんからレンタルCD屋さんへと形態をかえたお店でCDを借り、カセットにダビングして聞いていた自分の姿も思い出す。
だって、それからしばらくは、CD持ってるよ(一枚だけだけど)、だったもん。


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