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月は囚われ

マドモアゼル愛先生の月理論を学び、早や数年が過ぎた。いたるところで、月は欠損というキーワードがどうしても一人歩きしてしまう。「月は欠損」ではなく、「月は囚われ」というキーワードが個人的にとてもしっくりくる。いつからか、「月は囚われ」というワードを好んで使うようになった。



皆さまの出生図(ネイタルチャート)の月とは囚われを示しています。月の星座とハウスに関して、どうしても現実的能力が欠落してしまうのだ。しかし、本人はそのことをなかなか認識できない。なぜなら、子どもの頃に覚えた感覚があるから。それが全くないわけではなく、私たちは月星座の能力や感覚を確かに持っているのだ。



でも、それを上手く使えない。どうしてもうまくいかない。不思議なもので、これは万人に当てはまる。外れるということはない。自分は月の星座の能力が使えるはずだ、自分はそれが得意なはずだと、一種、盲目的に信じているのだ。けれど、どこかで「あれ、おかしいな」という感覚を抱いてもいる。人生経験を経るごとにその違和感が強くなる。



でも、どうしても、自分はその能力に優れているのだと思いたい。月星座の能力や特性に欠けていると認めてしまったら、自分が自分でなくなるような恐怖さえ覚える。規模の大小はあれ、アイデンティティの崩壊が起こる。だから、欠損だと言われると、猛烈な無意識的抵抗が起こるのだ。



クライアントさんや占星術に関わる方々が「欠損」というワードに過剰反応する場合、全くないわけではなく本質的エッセンスは持っているんですよ、ただ、それゆえに囚われてしまうんですよ、バランスがわからなくなるんですよ、却って上手く使えなくなるんですよーーとお伝えすると、スーっと理解してくださることが大多数である。



ユリシスは月蠍座だ。蠍座は水エレメントの第二星座。各エレメントの第一星座は対自分自身、第二星座は対人、第三星座は対社会として現れる月である。私の場合は対恋人、対配偶者、対親友、対家族というごく身近な人に対して、月の囚われが暴走する。特に、蠍座は情念の星座であり、対パートナーシップとして月の暴走と迷妄感が如実に出てくる。



月が蠍座の人は蠍座の性質が欠損しており、嫉妬も激情もわからない人なのですーーというのは、私の場合は当てはまらない。若い時はむしろ、恋愛においては、殺傷沙汰になるかもしれないくらいの激情家であった。(相手をメッタ刺しにしたりはしておりませんのでご安心ください)その他の月星座でも同じようなケースがある。だからこそ、月は欠損している性質を示すという解説では誤解を生むのだと思う。



月蟹座でもそれが激情として現れる人もいる。月魚座でも一体感を感じる人がいる。(これは私が鑑定の中で感じてきたことに過ぎません)私個人の月を掘り下げていく中でわかったことは、月星座の能力とは、いきなり結論に向かおうとする(0か100かしかない)ということです。その能力が非常に稀薄になるか、もしくは、大人の能力まで成長していないために、アンバランスに過剰に出るか、どちらかなのです。



ユリシスは過剰に出るケースです。相手と一体となりたい、溶け合ってひとつになりたい、この私を丸ごと受け止めてほしいーーそんな蠍座的情念が強くあるのです。それなのに、恋愛・パートナーシップがことごとく破綻する。最も欲しいものが手に入らないことで、絶望の淵に突き落される。月に気がつくまで、何度も何度も地獄を味わいました。



それはなぜか?大元にあるものは何か?



パートナーシップなるものに幻想を抱いていたからです。ハーレクインロマンス的お花畑だったのです。月星座の能力はあるけれど、正しく現実が見えないのです。今、どうすればいいか、今必要なことはなにか、全く見えないのです。

自立した大人であれば、誰かと深い絆を育もうとする時、いきなり結論を求めたりしません。お互いの違いを受け止め、一歩一歩、現実的な積み重ねをしながら、歩み寄っていくはずです。少しの疑念ごときがこれまでの絆のすべてをぶっこわしてしまうものにはならないことを知っているし、病的なパニックに陥らないはずなのです。

大切な友人が太陽蠍座で、彼女がいかに忍耐強く慈悲深く、パートナーシップに向き合ってきたのかを知り、私は太陽蠍座と月蠍座の明確な違いに気がつきました。相手と一体となりたいーーその純な想いは全く同じです。月が蠍座であっても、それは全く同じなのです。哀しいくらい純粋なのです。安心してください。月星座の核の部分は持っています。それは永遠に純粋なまま輝いています。



けれど、太陽蠍座とは違い、月蠍座の場合はパートナーシップに対するミラクルな幻想wや子どものままのイメージを持ち続けているため、成熟した大人としての態度がとれないのです。日々、相手を受け入れ、着実に積み重ねていくという現実的視点、成熟した能力の欠如を生みだすのです。お姫様と王子様が月の光の下で手を取り合い、見つめ合うーーそんなイメージを抱き、月蠍座の人は、この世的なすれ違いや汚い部分や弱い部分を受け入れられないのです。


これはものすごい苦しみです。一番欲しいものがどうしても手に入らない。どうしてもその能力を上手く使えない。これが自分だ、これが私の能力であり特性であると信じているのに、実は、その部分こそ現実的能力が欠如しているなんて!!!確かに拒絶したくなるでしょう。とても苦しいでしょう。



でも、それを受け入れた時、ようやく解放されます。月の囚われと呪縛から自由になれます。そして、欲しかったものが手に入ります。(不思議ですよね)これは自信を持ってお伝えできる事実です。さぁ、手を放せ、自我のこだわりを手放せ、自分を握りしめなくとも、あなたにはもっと大きな力があるのだーー月はそう言っているのです。太陽と月の関係、知って損はない素晴らしい叡智です。












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