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太陽から逃げると瞬時に月が出てくるよ

太陽は生まれながらに持っている本質的自己です。生まれた時は誰もが太陽そのものとして輝いています。太陽の性質は必ず備えていますが、それは勝手に深まっていくものではなく、また、自動的にその本領が発揮されるものではありません。



月を頑なに握りしめて、土星の課題から巧みに逃げ続けることができるように(苦しいよおおおw)、実は、太陽が求めてくるものからも、人は逃げられます。そして、案外、太陽からの逃避をやってしまうことは多いものです。



太陽星座の性質とは、あなたは太陽が○○だから、こうあらねばならない!という強制的なものではないですが、どうしてもそのサインの核の部分が私たちの生命力と生きる喜びを支えているので、その柱がグラグラすると、違和感や苦しみやひずみとなって顕れます。



たとえば、私は太陽射手座ですが、公務員や会社員として、社会や組織から求められるものに自分を合わせていく(外側基準に自分を寄せていく)ような生き方をすると、窒息してしまいます。(射手座が公務員でいてはいけないという意味ではありません)射手座であれば自由に自己を拡大させていくことがその命だからです。



射手座が本質的自己を抑圧している場合、他で「自由さ、拡大する性質」を埋め合わせることになります。そうして、どこか矛盾を含んだ生き方を生み出します。それは自由恋愛と題しただらしのない関係性だったり、目的を持たず、ただ無鉄砲に行動力や意識の向く先を拡大していくような在り方として現れます。(逃避行動、代替行為です)



太陽乙女座がルーズで秩序を欠いた生き方を続けると窒息してしまうでしょうし、太陽魚座が一体感や共感力を失うと、自分を見失うでしょう。太陽はそれぞれのサインの柱を拠り所として、この現実世界で、それをどこまでも拡大させ、深めて表現していくことを求めています。



太陽意識は思いきり表現されたいのに、私たちにどこまでもそれを追求してほしいのに、それが実行されない場合、太陽様はジワジワと強いジレンマを抱えていきます。そして、その痛みや違和感や不完全燃焼感から逃げ続けるために(自分をごまかすために)、私たちは逃避する対象を必要とするのです。


言い換えると、太陽の自分から逃げているからこそ、月が出てくるのです。太陽の自分は現実世界で打ち出していくものですから、自分に自信がなかったり、他者や社会や自分を直視することに恐れを感じていると、もれなく月が侵入してきます。現実逃避=月意識なのです。



しかし、それを自我は決して認めないというパラドックス構造になっています。そのループに入り込むと、自我が崩壊しないために、益々、月に囚われます。必死の形相で月にしがみつきます。月双子座であれば、私は人より賢い、真実を知っているーと思うことで、またその自分像を保つことで、月を強化していきます。月山羊座であれば、私は社会で認められ、活躍できているーと思うことで、またそのような自分像をアピールし続けることで、月を強化していきます。これが無限ループのように働いているのが現代人です。



違います。そっちじゃないんです。誰に説明する必要のない、純粋に湧き上る喜びに従うのです。そうしないと、やがて、生命力のすべてを月に吸い取られ、最後に何も残らない人生になります。月は偽りの栄光を見せます。ご注意ください。




太陽の願いから逃げていることは、必ず、自分自身で(あるいは魂で)わかっています。しかし、それを認めると、自我は崩壊してしまうので、他に拠り所と自己価値を投影できるものを求めるのです。自分が劣等感の塊で、3次元的存在意義がないと感じることが物質次元アイデンティティクライシスです。ゆえに、自我はそれを巧妙に避けます。(それがお仕事だもん)



その逃避対象の多くがスピリチュアルだったり、ステイタスだったり、人からの羨望や賞賛を求める気持ちだったり、見栄だったり、学歴だったり、あらゆる持ち物だったりします。ユリシスは3S政策ならぬ、4S政策の危険性をお伝えせずにはいられません。



私たちを太陽(生命力・ソウル・自己の真実)から隔離させるものは、スポーツ、セックス、スクリーンだけではありません。そこにスピリチュアルが含まれます。そして、このスピリチュアルこそ、現代人の隠れ蓑、エゴの増幅装置です。私自身がバリバリにそうだったから、その仕組みがよくわかります。



スピリチュアルを好む人は、現実的に自己実現できない苦しみと太陽を実現しきれていないジレンマ(自己崩壊)を避けるために、それを利用していることが、圧倒的に多いのです。以下、とってもキツイことを申し上げますので、ご注意ください。



あなたは「私は人より本当のことを知っているのよ」と思うことで自己価値をすり替え、現実逃避をしているのです。そして、自分は光で善で、宇宙由来の魂で、高い次元からすさんだ地球にやってきたのよ、地球人は劣った存在であるから、私は地球を救いにきた魂なのーーそう思っていませんか?思っていますよねw私は思っていましたよwええ。



だって、よく考えてみてほしいのです。そんなことを1ミリたりとも、一切合切、思ってない人は絶対的にスピに傾倒できないのですから。現実こそが霊性だからです。スピは自分の中にあればいい。わざわざ口にするほどのことではありません。それは、私、現実逃避をしていますのーーと大きな声で宣言していることに等しく、赤面してしまうほど恥ずかしいことです。



あの・・・それって、すさまじい勘違い&傲慢さですよ。太陽という課題を獲得してもいないのに、人を救うだ?現実に向き合えないのに、自分自身とも向き合えないのに、高次元だと?ありえません。それを月の意識と言うのです。現代に蔓延る偽りの自分像(月意識)とは、このような形でもよく現れます。このタイプの月はなかなか気が付かないという恐ろしさがあります。それを認めることはイコール、自我の死活問題だからです。



一回、死んでみるといいですよw死とは肉体の死ではなく、自我の死です。自分を直視して抱腹絶倒、悶絶地獄、阿鼻叫喚wしてみるのです。そこから、人生が始まります。星が使えるようになります。ホントにガチでマジな話です。



太陽か月か、いつもどちらかなんです。太陽が輝いていないところに、必ず月は侵入してきます。太陽顕現とは極めて意識的に生きることであり、真摯に自分を見つめることに他なりません。



※高次元とか救いにきたとか使命とか、ありますよ。みんな救世主ですから。でもね、それは自分の中で、摺合せればいいだけなんです。特別とは特別なものは何もないとわかった人に下りてきます。特別なんてないと知った人に本当の特別がやってくるんです。大丈夫、あなたも私も崇高な魂です。みーーんな、そうなんです。

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